最新記事

北朝鮮

資本主義、北朝鮮スタイル

2009年12月24日(木)15時14分
ジェリー・グオ(本誌記者)

 行商などの商人は当局者に賄賂を送り、こうした密輸品を平壌の道路脇や地方都市の外れで売りさばいた。自由市場は表向き禁止になり、北朝鮮は社会主義の楽園だという公式見解への疑念を植え付けかねない外国の娯楽は厳しい検閲の対象だったが、それでも商人たちはお構いなしだった。

 外国との取引が増えるにつれて、「社会主義の楽園」というフィクションは維持するのが困難になった。00〜07年に鉱物資源の輸出を主力とする正式な対外貿易は61%増加し、総額51億ドルに達した。

 合法的な取引が生み出した富(合弁事業の利益を幹部がかすめ取るケースも少なくなかった)は、闇市場で取引される携帯音楽プレーヤーやノートパソコンなどの需要を増大させた。閉鎖的なスターリン主義国家の北朝鮮では正確な実態は把握できないが、こうした取引が当局の経済的失政に人々の目を向けさせる役割を果たしたことは間違いないようだ。

 あるヨーロッパ人ビジネスマンによれば、北朝鮮国内の取引相手が密輸された海賊版のDVDで韓国のメロドラマを楽しんでいるという。こうしたDVDは現在、1枚3・75ドルで売られている。

 対立関係にある韓国は1人当たりの所得が北朝鮮の18倍あり、自分たちのように慢性的な食糧不足や紙くず同然の自国通貨に悩まされているわけではない──この事実に気付いている国民はますます増えているに違いない。北朝鮮の経済は世界中が好景気に沸いた06〜07年もマイナス成長だった。

闇市場の摘発もできない当局

 自発的な経済自由化の流れに危機感を強めた北朝鮮当局は、05年までに改革の歯車を逆転させた。食糧の配給制を再導入し、自由市場の取り締まりに踏み切り、少なくとも書類上は価格統制を復活させ、利益分配方式のインセンティブを廃止した。06年には、外国のアナリストから「隠れ改革派」とみられていた勢力を指導部から排除した。

 だが、当局は新しい方針を徹底させることができなかった。既に多数の国民が民間部門に生活を依存していたからだ(ノーランドとハガードの調査では、都市住民の40%がすべての食品を自由市場で調達していると答えている)。

 例えば平壌のある自由市場は国内屈指の規模を誇る闇市場だが、当局の摘発は受けていない。ここでは数百人の女性たちが倉庫の内部に露店を出し、4ドル相当の中国製ドレスや大きな肉の塊、家庭用品を売っている。価格表示は北朝鮮ウォンだが、支払いは米ドルか中国の人民元が歓迎される。

 北部の港湾都市の清津では08年3月、警察が数カ所の自由市場を閉鎖しようとして、地元の女性たちの猛反発を食らった。北朝鮮の反体制派にネットワークを持つ韓国の人権団体グッドフレンズによると、女性たちはこう言って警官に警告した。「私たちだけでは死なない。あんたたちも道連れだ」

 今年10月のグッドフレンズの報告によると、恐れを知らない清津の露天商たちはたばこや国連の食糧援助物資、医薬品などの「禁制品」を再び売り始めているという。

 当局の監視の目をかいくぐってにぎわう自由市場の存在は、06年の「改革派」追放で金正日体制内部の亀裂が解消されなかったことを示唆している。専門家によれば、現在も北朝鮮の支配エリート層は強硬派の軍派閥と、貿易省、商業省、採取工業省を監督下に置く改革志向の若手テクノクラートのグループに分かれている。

 今年9月に就任した朴寿吉(パク・スギル)副首相兼財政相も、外資の導入に前向きな1人とみられている。「平壌のエリート層は改革を望む勢力と、国民を利用していい思いをしようとする勢力に分裂している」と、元世界銀行のアジア専門家ブラッド・バブソンは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

12月FOMCでの利下げ見送り観測高まる、モルガン

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中