最新記事

危険が香り立つ夢の中の夢へ

アカデミー賞を追え!

異色の西部劇から傑作アニメまで
2011注目の候補を総ざらい

2011.02.21

ニューストピックス

危険が香り立つ夢の中の夢へ

眠る人の心に入り込んでアイデアを盗む集団を描くクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』の知的にねじれた危険な世界

2011年2月21日(月)16時09分
キャリン・ジェームズ(映画評論家)

「盗み」のプロ コブ(右、ディカプリオ)やアーサー(左、ジョゼフ・ゴードンレビット)は他人の潜在意識に潜入する © 2010 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

 クリストファー・ノーラン監督の最新作『インセプション』に出てくるレオナルド・ディカプリオとその仲間たちは「潜在意識の中で暴れるニンジャ」のような存在だ。他人の夢の世界を縦横無尽に駆け巡る。

 こんなふうに観客を混乱に突き落とし、息もつかせないような映画はノーランでなくては作れない。脳内を題材にしたひねりの利いた作品という点では『メメント』(00年)を思わせるし、『バットマン』シリーズの大ヒット作『ダークナイト』(08年)張りの派手なアクションも盛り込まれている。

 ディカプリオ演じる主人公コブは、カネで雇われる「盗み」のプロ。物ではなく、眠っている人の心に入り込んで秘密のアイデアを盗み出す。コブのチームには建築士もいて、侵入先である他人の夢の世界を「設計」する。夢の世界では街路が折り畳み式ベッドのように隆起して壁になったり、猛スピードの列車が都市の往来を走り抜けていったりする。

 ある時、コブは人の脳に新たなアイデアを埋め込む仕事を請け負う。アイデアを盗むのではなく植え付けるのは、夢の中の夢のそのまた夢に入り込む危険なミッションだ。観客は派手な特殊効果とスリルあふれる冒険のおかげで、ぐいぐいと物語に引きずり込まれる。

 とはいえ、ノーランはハリウッド屈指の頭の切れる監督だ。本作もただの「夢物語」では終わらない。この1年、『アバター』や『アリス・イン・ワンダーランド』など、パラレルワールドを描いた映画が次々と公開されているが、この作品が一番凝っている。

『オズの魔法使』との共通点も

 この手の映画では、主人公は目の前の現実とは別の世界に入り込み、個人的な(場合によっては地球規模の)問題を解決する方策を携えて帰ってくる。『インセプション』におけるコブの使命は世界を巨大エネルギー企業から救うことだし、『アバター』の主人公は惑星パンドラに行き、自然と共存する先住民にほれ込み、環境の大切さを学ぶ。『アリス』では、19歳になったアリスが不思議の国を再訪し、家族の言いなりになって結婚する必要などないことを悟っていく。

 どの映画も、現実は危険と問題に満ちているから、物事を明確に捉えるにはどこか別の場所(この世界の外でもいいし、心の奥底でもいい)に行かなければならないとでも言いたげだ。虹のかなたを夢見る『オズの魔法使』にも似ているが、発するメッセージは「やっぱりうちが一番」というオズの教訓よりも政治的だ。

 コブはサイトウという男(渡辺謙)に雇われて、彼のライバル(キリアン・マーフィー)の脳内にある「アイデア」を植え付ける任務を引き受ける。ライバルは巨大エネルギー企業を継承する予定の人物で、植え付けるアイデアは「自らの手でこの企業を解体すべし」というもの。この企業は世界のエネルギーの半分を支配しつつあり、「新たな超大国」となる恐れがあるという。メキシコ湾で英石油大手BPが原油流出事故を起こした今となっては、強大過ぎるエネルギー企業という設定はなかなか先見の明がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 4
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 5
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 9
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中