最新記事

痛いほどリアルな「愛の終わり」

アカデミー賞を追え!

異色の西部劇から傑作アニメまで
2011注目の候補を総ざらい

2011.02.21

ニューストピックス

痛いほどリアルな「愛の終わり」

『ブルーバレンタイン』が描く、息が詰まるほどリアルな男女の心の変遷

2011年2月21日(月)16時09分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

黄金ペア ディーン役のゴスリング〔左)とシンディーを演じるウィリアムズは夫婦の愛と苦悩を見事に表現した ©2010 HAMILTON FILM PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

 映画『ブルーバレンタイン』は中盤、悲しいくらい残酷な場面の転換がある。それまで映画は、ディーン(ライアン・ゴスリング)とシンディー(ミシェル・ウィリアムズ)の結婚するまでを描く(日本公開は4月23日)。

 ディーンは優しいけれど、大学を中退して引っ越し業をしながら気ままな生活を送る男。シンディーはもっと現実的で野心もあり(医者を目指している)、過去の苦い経験から異性関係には奥手なタイプだ。

 あるデートの夜、ブルックリンをぶらついていた2人は、閉店した洋品店の前で立ち止まる。店から漏れてくる明かりで、ディーンが小さなギターをかき鳴らして歌いだすと、シンディーがぎこちなくタップダンスを踊ってみせる。さりげないシーンだが、見ているほうまでロマンチックな気分でいっぱいになる。

 そこで場面は現在に切り替わる。結婚したディーンとシンディーは倦怠期を迎えている。2人は関係を修復しようと、娘を両親に預けてラブホテルに行く。体重が増えて額が後退したディーンは、気乗りしない妻を何とかベッドに誘おうとする。

 だがシンディーは、酒浸りで現状に満足していてこれっぽっちも野心のない夫にうんざりしていた。あのロマンチックな夜とのコントラストに、観客の胸はきりきり痛んでくる。

観客は我慢の限界を試される

 愛が終わるのはつらい。そのつらさを観客にも感じてもらいたいというのが、デレク・シアンフランス監督の狙いだ。『ブルーバレンタイン』は過去と現在を行ったり来たりしながら、主人公の2人に息が詰まるほど密着して、愛の始まりと終わりを描き出す。その手法は効果的だが、観客はつらくて我慢の限界を試されている気分になる。

 だがこの映画は、見る者を捉えて離さない。それはウィリアムズとゴスリングの演技が恐ろしく冴えているからだ。どちらも完全に役柄に成り切っている。ゴスリングの役柄のほうが感情の起伏が激しく見せ場は多い。シンディーが働くクリニックで、ディーンの自暴自棄が爆発するシーンは圧巻だ。

 ウィリアムズの演技も同じくらい素晴らしい。ディーン以外の男の子供を身ごもったシンディーは、人工妊娠中絶の手術を受けに行くが、土壇場でやめようと決意する。そのときの彼女の苦悩の表情は、身震いがするほど迫真に満ちている。

 刺激的だが見る者を疲れさせるこの映画に難点があるとすれば、多くの素晴らしいシーンが、全体としては、あまりうまくまとまっていないことだ。

 とはいえ、ゴスリングとウィリアムズの演技は見る価値がある。ただしデートで見るのはやめたほうがいい。

[2010年12月15日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中