最新記事

ディズニーを超えたピクサー・アニメ

アカデミー賞の見どころ

大ヒット『アバター』作品賞に輝くか
今年のオスカーはここに注目

2010.02.16

ニューストピックス

ディズニーを超えたピクサー・アニメ

元コンピュータ会社がCGアニメで大ヒットを飛ばし続ける秘密
(『カールじいさんの空飛ぶ家』が作品賞、オリジナル脚本賞など5部門でノミネート、長編アニメーション賞受賞)

2010年2月16日(火)12時07分
デービッド・ウォレスウェルズ

 ピクサーは86年の設立時にはアニメ制作会社ではなく、コンピューターのメーカーだった。多くのスタッフは自分をアニメ制作者だと思っていたが、彼らが仕事で作った短編アニメは自社コンピューターの性能をアピールする販促材料にすぎなかった。

 長編アニメ映画『トイ・ストーリー』の制作にゴーサインが出たのは91年。スタッフは急いで脚本執筆セミナーに参加した。彼らは素人同然だったのだ。 それ以来ピクサーが制作したアニメ映画はどれも絶賛され、最低でも1作で3億6000万ドルを稼ぎ出す大ヒットになっている。

 10作目に当たる最新作『カールじいさんの空飛ぶ家』の主人公は、妻を亡くした78歳の老人。開発業者に立ち退きを迫られた主人公は驚くべき行動に出る。作品のコンセプトは野心的で、主人公は型破り。物語としては非常に難しい素材に挑みながらも、子供でも楽しめる作品に仕上がっている。

 アニメ映画はもともと、子供向けの娯楽ではなかった。初期のアニメ制作者は、映画には新聞以上の可能性があると気付いた意欲的な漫画家や有能な風刺作家だった。無声映画時代の短編アニメは、型にはまった長編映画よりずっと独創的で水準が高かった。

初期のアニメは前衛的

 風変わりな作品も多かった。カナダ出身の漫画家ラウル・バレによる1915年のアニメ作品では、ニワトリが産んだ卵から小さな車が生まれる。彼の別の作品では謎めいた箱から2本の腕が出て、主人公を捕まえたりする。

 当時のアニメのなかには、50年後の成人向けコミックも顔負けなくらいエロチックな作品もあった。ヨーロッパで提唱されている映画の前衛的な方法論を「実践できるのは『フィリックス・ザ・キャット』などアニメ作品だけだろう」と、ニュー・リパブリック誌は29年に論じた。初期の短編アニメは「形式から完全に解放されており、ほとんどアバンギャルドの域に達していた」と、映画評論家ビンセント・キャンビーは書いている。

 こうした土壌から才能を開花させたのが、史上初の本格的な長編アニメ映画を作ったウォルト・ディズニーだった。ディズニーは複雑なストーリーで観客を悩ませることなく、斬新なスタイルの楽しい視覚芸術を見事に生み出した。

 ディズニーの黄金時代が始まったのは『白雪姫』を完成させた37年。以後、40年に『ピノキオ』と『ファンタジア』、41年に『ダンボ』、42年に『バンビ』を発表し、アニメ界に金字塔を打ち立てた。
 
 旧ソ連映画界の巨匠セルゲイ・エイゼンシュテインは以前、「ディズニーの諸作品はアメリカ人による最大の芸術的貢献だ」と賛辞を贈った。動物は登場するものの、当時のディズニー映画は本当の意味での寓話ではなかった。『白雪姫』や『ダンボ』を見ても、現実世界で役立つ教訓はほとんど得られないだろう。観客にカタルシスを与えるように工夫を凝らした現実逃避的なおとぎ話だった。

 技術的な完成度は高かったが、テーマにはあまり深みがなかった。大恐慌の暗い時代に芽生え、第二次大戦後の繁栄の下で高まった「子供時代への憧れ」を前面に打ち出した作品だった。一方、ピクサーの作品はディズニーとは異なり、子供時代への憧れとは無縁だ。

 技術面では、ピクサーはディズニーが奥行きを表現するマルチプレーン・カメラでアニメに新風を吹き込んで以来、最大の技術的進歩を実現した(ピクサーは06年にディズニーの子会社になった)。しかし作品のテーマに関していえば、ピクサーはディズニーより無声映画時代の独創的な短編アニメに近い。
ピクサーの作品にはミュージカル的な場面は入らず、魔法に頼ることもない。ストーリーはおとぎ話の焼き直しではなく、現実の世界に近い舞台で物語が展開する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・午前=S&P・ナスダックが日中最高値

ビジネス

米アルファベット、時価総額が初の3兆ドル突破

ワールド

トランプ氏、四半期企業決算見直し要請 SECに半年

ワールド

米中閣僚協議、TikTok巡り枠組み合意 首脳が1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中