コラム

「驕る習近平は久しからず」中国コワモテ外交の末路

2020年10月01日(木)17時37分

「恥を忍んで」習が電話会談に挑んだ理由

日本の立場からすれば、上述のような首脳電話会談の順番は至極妥当であろう。同盟国のアメリカ大統領を始め、同じ価値観を共有するG7の先進国首脳やEU首脳との首脳会談を優先するのは当然である。そして習主席との会談の直前にインド首相と会談したのもやはり、対中外交展開の前提として、「Quad(クワッド)」と呼ばれる日米豪印の連携を固めておくという戦略的視点ゆえであろう。つまり日本の視点からすれば、中国を一連の首脳会談のほぼ最後に回したのはむしろ当たり前のことである。

しかし中国の立場、特にメンツを何よりも大切にする習主席の立場と気持ちからすれば、日本側のこのような電話会談の順番はまさに意外にして心外であり、屈辱以外の何物でもない。

国家主席としての破格な対応で祝電を打ち、しかも各国の中での一番乗りでそれを日本に送った。にも関わらず、電話会談の相手のほぼ最後に回れされ、1週間以上も順番待ちさせられたのは一体どういうことかと、おそらく習主席自身も中国政府も大いに憤り、日本に対する不満と反発で胸がいっぱいになっていただろう。しかし中国側は反発もせず、菅首相との電話会談を取り消したり延期させたりするようなことも一切せず、25日夜に予定通り、習主席は菅首相との電話会談に臨んだ。

習主席が菅首相との電話会談にそれほどこだわった理由は一体何だろうか。さしあたって考えられる理由の1つは、日本への国賓訪問に対する期待感だろう。

習主席の国賓訪日は安倍前首相の招待で決まったものの、コロナの感染拡大でいったん延期となり宙に浮いたままである。中国側からすれば、日本で安倍前首相に代わって新首相が誕生したのなら、この新首相は当然、前政権の国賓招待の方針を受け継いで、習主席に対して改めて訪日要請を表明してくるはずだ。

そして後述する理由により、中国と習主席自身にとって国賓訪日は非常に重要な意味を持つ外交行事となっている。だから、中国側としてはとにもかくにもそれを早期実現させたい。したがって習主席としては、菅新首相との初電話会談において首相の口から再度の訪問要請が出てくることを大いに期待していたはずである。このような切実な理由があったからこそ、習主席は電話会談の最後に回れさるような恥を忍んでも、菅首相との電話会談に出たのだろうと私は推測する。

しかしこのせっかくの電話会談でも、習主席と中国は菅首相によって大いに落胆させられ、再度の辱しめを受けた。会談後の菅首相の発表によると、国賓訪日についてのやり取りは両首脳の間で一切なかったという。翌日の人民日報による中国側の正式発表においてもこの話が出ていないから、「やり取りがなかった」ことは事実であろう。

もちろん、習主席はさすがに自分から国賓招聘を言い出せないから、「やり取りがなかった」ことは、つまり菅首相がこの件に一切触れなかった、ということを意味する。結局、習主席と中国側の大いなる期待を裏切って、菅首相は事実上、両国間で一旦決まったはずの国賓訪日を棚上げにしたのである。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵

ワールド

スパイ容疑で極右政党議員スタッフ逮捕 独検察 中国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story