コラム

イラン司令官が「差し迫った脅威」というトランプのウソ(パックン)

2020年01月31日(金)15時40分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

Trump's Imminent Threat Claim / ©2020 ROGERS-ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<自国を脅かす勢力や兵器の事実がなくても、アメリカが信じて疑わなければその猜疑心が世界の脅威になる>

コリン・パウエル米国務長官は2003年2月、「こんな少量の炭疽菌で米上院は閉鎖された」と小さじ1杯ほどの白い粉が入ったガラスの小瓶を手に、1年半前の出来事を振り返った。さらに「数百人が緊急治療を受け、郵便局員2人が死亡した」と言い、「サダム・フセイン(大統領)は2万5000リットルの炭疽菌を製造しているかもしれない」と警告。イラクが化学兵器や核兵器を開発・保有している可能性も挙げた。聞いていた国連安全保障理事会のメンバーはビビッただろう。フセインがどこかに核爆弾を落とすかも! それより、パウエルがそこで炭疽菌の小瓶を落とすかも! と。

でも、大丈夫! フセインもパウエルも炭疽菌を持っていなかった! つまり小瓶の中身も、話の中身も偽りだった!

いや、大丈夫ではない。その翌月、ジョージ・W・ブッシュ大統領は「莫大な保有量」の「数百万人を殺害することができる」という、存在もしない大量破壊兵器(WMD)を口実にイラクに侵略したのだ。

これと似たようなことがまた起こりそうだと、風刺画は指摘する。アメリカが1月初めにイラン革命防衛隊のガセム・ソレイマニ司令官を空爆で殺した理由として、ドナルド・トランプ大統領やマイク・ポンペオ国務長官はソレイマニが「外交官や軍人への攻撃」「米大使館爆破」「連続攻撃」などを計画していたというimminent threat(差し迫った脅威)を挙げた。WMDと一緒で、先制攻撃を正当化するのに国際法上で有利なものとして、この口実にこだわったと思われる(もしくはツイートでimminentのスペルをeminentと間違えたトランプだし、最近覚えた単語を使ってみたかっただけかもしれない)。

その後、2人の説明が徐々に乱れてきた。ポンぺオは「脅威」について、「具体的な時間や場所は分かっていない」だけではなく、「具体的な情報もない」ことを認めた。トランプは攻撃対象に関して、「4つの大使館だと思う。基地かもしれない。それ以外、いろいろと多くの可能性もある」と、漠然とした推測であることを明かしながら「でも、差し迫っている!」と主張。揚げ句の果てに、「テロリストのソレイマニによる攻撃は差し迫っている! が、そうでなくても問題ない。彼にはひどい過去があるから」と断言。つまり自衛行為ではなく、報復攻撃だったってこと。

イラク戦争では数万~数十万人が死亡したといわれ、数百万人が避難生活を余儀なくされた。経済は数千億ドルの損失を、地域の安定やアメリカの信頼性は図り知れないほどのダメージを食らった。結局、こんな大量破壊をなしたのはWMDではなく、普通の兵器と大統領のウソだ。今も世界にとっての「差し迫った脅威」はそっちのほうではないだろうか。

<本誌2020年2月4日号掲載>

20200204issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月4日号(1月28日発売)は「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」特集。声優/和菓子職人/民宿女将/インフルエンサー/茶道家......。日本のカルチャーに惚れ込んだ中国人たちの知られざる物語から、日本と中国を見つめ直す。

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」

ワールド

訂正-米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story