コラム

国(とカネ)のためなら肉親も犠牲に...国民が互いを「密告」しあう現代中国の流行語「歩く50万元」とは

2023年09月22日(金)17時33分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国「公民スパイ行為告発奨励規則」の風刺画

©2023 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<親を子が、子が親を告発した文化大革命の時代が再来か? 中国で働く外国人も標的になる「スパイ告発」の恐ろしい現実>

「行走的50万(歩く50万元)」は、中国ネットにおける最近の流行語で中国に潜伏しているスパイを指す。北京市国家安全局が2017年4月に公表した「公民挙報間諜行為線索奨励弁法(公民スパイ行為告発奨励規則)」に関連する造語だ。

それによると、スパイ行為の防止あるいはスパイ事件摘発に重大な役割を果たした人に対して、最高50万元(約1000万円)の賞金が与えられる。つまりスパイ1人は「歩く50万元」である。

どうやって「歩く50万元」を見つけるのか。中国の人気サイト「知乎(チーフー)」によると、新聞記者や外国の貿易会社、海外NGO職員は「歩く50万元」である可能性が高い。ある公安局の宣伝用ショートムービーは、誰かが軍事施設の付近で撮影したり、ネットで不適切な発言をしていたら、「歩く50万元」として疑っていいと断言している。先日、ある中国人男性が中国国歌を歌えなかったため、愛国的な彼女にスパイと疑われ警察に告発されたという記事がSNS上で大量にシェアされた。

中国政府は「歩く50万元」発見運動を全国に押し広げており、家族間で互いに「大義親を滅す」ことも奨励している。「君主や国家の大事のためには骨肉の情も犠牲にする」ことを指す言葉で、人々は再び文化大革命的な恐怖を身をもって感じている。文化大革命の時代は中国の歴史上、家族間の相互告発が最も盛んだった。当時、ある母親が家で毛沢東を非難して16歳の息子に告発され、母親は即座に連行され死刑になった。告発したその息子は70代の老人になったが、若かった自分の過ちを悔やんでも悔やみきれないでいる。

最近、22歳の中国系アメリカ人海軍兵士が国家機密に関わる軍事情報を中国に漏らしていたとして、逮捕・起訴された。こんなことをやったのは将来、米海軍から退役して中国に帰るとき、いいポストの職を探せるだろうという母親の打算から。軍事情報を提供することで、アメリカにいながら祖国への変わらない忠誠心を表明する絶好のチャンスと考え、息子のスパイ行為を奨励したらしい。

母親の愚かさは息子に災いをもたらした。しかも、それはカネ目当て。結局、中国の「大義」はカネ次第なのだ。

ポイント

看板の言葉
「スパイ あなたや私の身近にいるかもしれない」。風刺画では、息子が母親を「歩く50万元」であるスパイではないかと疑っている。

大義親を滅す
孔子編纂と伝えられる歴史書『春秋』の注釈書である『春秋左氏伝』が出典。君主暗殺に加わったわが子を反逆者として父が殺した故事に由来する。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story