コラム

海外脱出の方法「潤学」の道を探求する中国人たち

2023年01月11日(水)13時52分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
習近平

©2023 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<公の場から消えたジャック・マーが実は東京にいることが報じられたが、今、海外移住(潤学)がネット上で盛り上がっている。外の世界への脱出は、あの「儒学の祖」孔子も説いていた!>

孔子が始祖の中国の儒家思想、すなわち儒学(儒教)は現代社会の日本人にも影響を与えている。しかし、儒学が生まれた中国本土で、今はやっているのは儒学ではなく「潤学」である。

潤学とは何か。中国語の「潤」の発音表記は英語のrunと同じ。潤学は英語のrunの「逃げる・走る」という語意から「海外移住」という意味に転換された新しい造語で、どうやって順調に「潤」(海外移住)することができるか、知恵を絞って研究し調査する「学問」である。

歴史の中で内乱や王朝交代などが発生するたび、中国人が他所や国外へ逃げることは普通であった。しかし、「潤」という言葉が使われるのは今回が初めてだ。

2022年、普通の中国人はコロナ禍そのものよりも厳しいゼロコロナ政策に苦しんだ。特に昨年10月に行われた中国共産党大会のため、大都会を中心にロックダウンが相次いだ。

CNNによると8月下旬以降、少なくとも74都市で3億人以上がロックダウンで生活の自由を奪われた。中国のSNS微信(ウェイシン)で、「移民」というキーワードの検索数は1日1億回以上へと爆増した。

中国人が国外移住する目的はいろいろあるが、最も多い理由は「自由」と「もっと良い未来」だ。なかには、徒歩で南米と中米をつなぐダリエン地峡の熱帯雨林を通り抜けて、アメリカに到達した人々もいた。まるで紅軍の長征だ。

長征は共産党が胸を張る革命の歴史だが、今はその共産党から逃げるため、人々が西側の国へ逃げ出している。時代の輪廻は泣くに泣けず、笑うに笑えない。

富裕層で中国から離れる人も少なくない。例えばアリババグループの創業者・馬雲(ジャック・マー)。彼はコロナ禍の約3年間、公の場所に姿を現さなかったが、昨年になって家族と共にひそかに東京に滞在していたと報じられた。

2500年前の中国を生きた孔子は、儒学の教えを説きつつ、布教が行き詰まると別の地に渡る人生を歩んだ。彼はこういう言葉を残している。「道不行、乘桴浮于海(道のない世だ、いかだで海に乗り出そう)」。なんと、儒学の祖である孔子自身が潤学の徒だったのだ!

ポイント

孔子
春秋時代の思想家。紀元前551年に現在の山東省に当たる魯の国に生まれる。幼い頃に父母を亡くし、苦学の後に「仁」を理想とする道徳主義を説いた。弟子がまとめた言行録『論語』で知られる。

長征
1934年から36年にかけて、国民党に追われた紅軍(中国共産党軍)が拠点の江西省瑞金を捨て、1万2500キロを徒歩で西北部の陝西省延安まで移動した行軍のこと。「大西遷」とも言う。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story