コラム

首相のポスターに落書きした場合のみ逮捕される社会

2015年10月07日(水)12時00分

 彼が作った曲のなかに「燃やせ!燃やせ!燃やせ!」との歌詞(原曲は英文で和訳がHPに掲載されていた)があり、その歌詞が今回の犯行をほのめかしていたという報道が並んでいたのにはさすがにうなだれた。張り巡らされる鉄道網の盲点を突ついた彼の手口は卑劣極まりなく、まったく許されるべきではないが、犯行理由を外から探索してどこかひとつの理由に辿り着こうとする悪癖がまたしても稼働していた。ミュージシャンなら、真っ先に歌詞世界をまさぐられる。「燃やせ!」と連呼した曲「GUERILLA」の歌詞は「新世界に平和を」で終わる。その点を指摘して、「だから彼は平和を目指していただけなのかもしれない」と真顔で書けば、この「自称ライター」はとてつもなく頓珍漢な指摘を晒したと、あちこちから糾弾されることになる。

 報道の節々で、おおよその人が納得する形ばかりが投じられる。おおよその人が正義だと感じる指摘であれば、突き詰めて考えればバランスを欠いていると気付ける事象であっても、踏み越えてしまう。そんな報道姿勢、および受け取る側の姿勢が、昨今、強化されてはいないか。メディアが報道の進行方向を定め、進行方向に向かって規定速度で走る報道でなければ、内外から「偏向」と指差される。立ち止まって、どうしてこの進行方向なのだろうと考えてみる程度の行為が、たちまち逆走行為として感知されてしまう。

 安倍首相の落書きで逮捕される人がいるならば、水商売のスタッフ募集への落書きでも逮捕されなければならない......この手の意見は、正論ではなく暴論寄りに処理される。それって、もはやこの国の平等という概念が正しく真ん中には存在していないことを教えてくれるのではないか。メディアもそのズレを感知しているのにもかかわらず、「おおよその納得」ばかりを獲得しようとする。

「燃やせ!」と歌っていた「自称ミュージシャン」がJRに放火した......付け焼き刃な数式で事件を片付けていると、そのうち「燃やせ!」と歌いにくくなるんじゃないか。冗談みたいな話だが、「首相のポスターに落書きした場合のみ逮捕される社会」なんて、しばらく前に聞かされれば、冗談でしかなかったはずなのだ。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

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