コラム

ChatGPTは大学教育のレベルを間違いなく高める――「米国最高の教授」がそう言い切るこれだけの理由

2023年03月25日(土)18時25分

ChatGPTの登場は大学教育を高める絶好のチャンス PHOTO ILLUSTRATION BY DADO RUVICーREUTERS

<ChatGPTは教育にとって脅威どころか、大学にとっては逆にプラス。「米国最高の教授」の1人であるサム・ポトリッキオが語る、目からうろこの理由とは>

対話型人工知能(AI)「チャットGPT」が登場したとき、大学教員の間でパニックが広がったが、私は逆に祝杯を挙げた。

同業者の多くはAIが膨大な不正行為を生み出しかねないと心配したが、私は学生のより公平な成績評価につながる可能性があると考えた。これから不確実な未来に向かっていく学生たちを教育する上で、その在り方を見直すきっかけにもなり得ると思った。

チャットGPTの脅威に同僚たちが過剰反応したのは、学生が大学の授業で提出するレポートや小論文などの作成をAIに「お任せ」すれば、スキルのない怠け者になってしまうと懸念したからだ。

だがまともな教育者や大学なら、これをきっかけにAI利用を許可するケースと禁止するケースの明確化や、正確な引用の仕方についての指導など、しっかりした方針を決めるはずだ。さらに、倫理観を強調し、学習とコンテンツ制作の区別、偽情報への警戒も強化されるだろう。

つまり、AIのせいで学生の不正行為を見抜くのが困難になるという教育者の懸念は、大学に危機感を抱かせ、21世紀の本質的課題に本気で取り組ませる効果がある。

テクノロジーの進化に伴い、人間らしい倫理観を持つリーダーのニーズが高まっている。機械と人間が競争する労働市場で、私たちは人間ならではの必要不可欠なスキルを伸ばしていく必要がある。そして偽情報が氾濫する今、偽物と本物を見分ける知性を身に付ける必要もある。

大学は所属教員に対し、不安定で複雑で曖昧な世界での競争に必要な特性を学生に身に付けさせるための授業設計を促すようになるはずだ。チャットGPTは、質の低い質問をすると質の低い答えしか返ってこないことが明らかになりつつある。

私は学生たちに、将来圧倒的なパフォーマンスを上げるためには「質問学」の博士号が必要だと繰り返し強調している。学生はAIに質の高い質問を投げかけ、今の自分の知識以上のことを学ぼうとする意欲が必要だ。

より高度な質問をすれば、それだけ大きな成果が手に入る。もしチャットGPTが知的作業に不可欠なツールになるのであれば、教育者は優れた「質問者」の育成に力を入れざるを得ない。それこそ将来の世界で必要とされるスキルだ。

金持ち学生の「特権」がなくなる

そして大学教員は「非能力主義」という公然の秘密と戦うことになる。富裕層やコネのある学生は、成績評価で極めて有利な立場にいる。例えば、大半の大学の授業の評価手段は、1回当たり5ページのレポートだけ。これでは金持ちの学生はレポート作成を誰かに「アウトソーシング」できる。

私の元同僚の教授カップルは、わが子の小論文を交代で書いていた。授業中の客観的評価では、その学生は明らかに凡庸だった。だが成績評価のほとんどが「宿題」で決まるため、彼女は両親のおかげで最高の成績を収めることができた。チャットGPTの普及で、全学生がこれと同じ手を使えるようになれば、教員は成績の付け方を再考しなければならない。

私の授業の1つでは過去10年間、完全に手作りの試験か口頭試問しか行っていない。そのため不正の疑いがある事例はゼロ。受講後の学生からは、私の授業(口頭での質疑応答、自発的シミュレーション、具体的な問題設定)は就職後の仕事での経験に最も近かったという感想が寄せられている。

英語の「競争する(compete)」の語源は、「高める」という意味のラテン語だ。チャットGPTは登場の瞬間から、AIと人間の競争は避けて通れないことを明らかにした。だが同時に、大学教育のレベルを間違いなく高めるだろう。教員たちよ、パニックにならず、賢くなろう。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story