コラム

トランプが国勢調査の質問に国籍を追加したかった理由

2019年07月24日(水)18時00分

ワシントンの連邦最高裁前で国勢調査の質問追加に抗議する人々 Carlos Barria-REUTERS

<市民権の有無についての質問が移民を怯えさせ、人口が実際より少なく出れば選挙で自分が有利になれる>

アメリカでは10年ごとに国内の全人口を集計し、年齢や性別、人種などの基礎データを調べる国勢調査の実施が憲法で義務付けられている。

下院の議席数は各州の人口、つまりこの国勢調査の結果に基づいて配分される。間接選挙の大統領選挙でも、投票権を持つ選挙人の州ごとの割り当ては下院の議席数で決まるため、国勢調査が重要な意味を持つ。

さらに国勢調査のデータは、連邦予算の州ごとの配分や割り当てにも使用される。つまり、国勢調査は政府の在り方に極めて大きな影響を与えるのだ。

数カ月前から、その国勢調査が激しい政治対立のテーマになった。理由は、トランプ政権が20年の国勢調査に市民権(国籍)の有無を問う質問を加えようとしたことだ。

質問追加の論拠は、(1)投票権を持つ住民の人数を把握する必要がある、(2)差別を禁じた投票権法をしっかりと施行することにより、人種的・民族的少数派の投票権を守る、の2点だ。

この試みは一大論争を巻き起こした。市民権についての質問追加は、共和・民主のどちらが下院の多数派を握るか(そして大統領選でどららが有利になるか)だけでなく、移民問題にも間違いなく影響を与えるはずだ。

再選狙いの意図的戦略

反対派の主張は次の2点だ。(1)質問を追加する理由はただ1つ、非合法移民など多くの「非市民」を怯えさせ、調査に参加させないようにすること。その結果、特に移民の多い州では人口が少なくとも数百万単位で実際より少なく集計され、下院選挙区の区割り変更が、移民の支持者が多い民主党に不利な(つまり共和党に有利な)形で線引きされることになる。

(2)トランプ政権が口にする投票権法うんぬんの主張は全く無意味だ。投票年齢の市民の人口については、もっと正確な推定が既にある。

国勢調査を所管する商務省のロス長官は18年3月、国勢調査局の専門家の圧倒的多数の意見を無視する形で、市民権に関する質問を国勢調査に加える方針を承認した。反対派はこの決定に訴訟で対抗し、最終的に米連邦最高裁に持ち込まれた。

そして6月27日、最高裁は多数決により、トランプ政権は質問追加の理由を十分に説明していないとの結論に達した。追加の理由は「不自然」で「弁解めいている」と、ジョン・ロバーツ首席判事は述べている。

トランプ大統領は7月11日、20年の国勢調査に市民権の質問を追加することを断念。代わりに政府各省に対し、市民権のデータを商務省に提供するよう命じる大統領令を発令した。

いわゆる「共和党州」の下院議席を増やそうとしたトランプと共和党は手痛い敗北を喫したように見える。だが実際に市民権の質問が国勢調査に追加されなくても、トランプと共和党は既に利益を得ている。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

米国株式市場=S&Pとナスダック下落、ネットフリッ

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story