コラム

渋谷で人を切り取っていく、25年近い会社員生活を捨てた男

2017年10月19日(木)11時00分

鈴木の写真世界と我々の視覚神経が同化するように感じられるのには、もう1つ大きな理由がある。彼は意図的にCandid的な要素を作品の軸にしているのである。写真におけるCandidとは、偽りのない現実を、その瞬間を切り取るという意味だ。大都会の喧騒や虚無感を瞬間瞬間に、とりわけ(彼の言葉を借りれば)常に変わり続けている渋谷の喧騒や虚無感を、彼は切り取っているのである。

ただ、鈴木の作品におけるCandidは、本来の言葉の意味から外れているかもしれない。なぜなら、しばしば彼は、知り合いのモデルを使って作品づくりを行っているからである。とはいえ、セットアップ的な作品ともまた違う。「知っている人間を撮影していても、そのときの光や環境条件によってCandid的に撮ったものだ。セットアップとして、同じものを2度撮れるわけでは決してない」と彼は言う。

ハングリー精神も、鈴木の作品を語る上で見逃せない大きな要素だ。それは彼の作品づくりにおいて大きな原動力となっている。すでに触れたとおり、長い間、非創造的な"会社人間"であったからこそ、自分がどれだけ創造的なものに飢えているかが分かる、と彼は言う。それが写真を楽しくて仕方ないものにさせている、今後もハングリーであり続けたい――そう話している。

とはいえ、彼がハングリー精神を通して追い求めなければならない先は、まだまだ果てしないのかもしれない。なぜなら、写真の本質的魅力は、眼に見える"写真的なもの"ではないからだ。創造性の先にあるのも、創造性そのものではない。うまいとか、カッコいいとか、そんなことはどうでもよくなる、得体の知れない普遍的な感覚の追求だ。

鈴木自身も、ここ最近、そのことを痛いほど感じ始めているはずだ。だからこそ、彼にとって写真は面白いのかもしれないが。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Tatsuo Suzuki @tatsuo_suzuki_001

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プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

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