コラム

オート三輪トゥクトゥクがつなぐ新旧「アラブの春」

2019年12月14日(土)17時00分

さて、エジプトでトゥクトゥク規制が強められていたちょうどその時期、イラクにトゥクトゥクが登場した。輸出元であるインドの業界ニュース(2019年10月)には、「エジプト向けのトゥクトゥク輸出が低迷した分、バングラデシュやカンボジア、イラク向けの輸出が伸びた」とある。エジプトの「アラブの春」がシーシによってひっくり返され、トゥクトゥクと貧困層への抑圧が強まるのと並行して、トゥクトゥクはイラクに居を移してそこでの貧困層の生活の糧となっていったのだ。

もうひとつ、トゥクトゥクが結ぶエジプト版「アラブの春」とイラクの「アラブの春ver2」に、雑誌の発行がある。2011年1月、ムバーラク政権打倒の1カ月ほど前、エジプトで初めてのマンガ雑誌が発行された。その名を「トゥクトゥク」という。政治論議や政府批判というよりは、日常的な社会問題を取り上げた風刺画雑誌だが、「アラブの春」期の若者アートの開花の一端を示す雑誌となった。

toktok-cover01.jpg

エジプトのマンガ雑誌「トゥクトゥク」の表紙

実に奇遇なことに、今イラクでタハリール広場を占拠しているデモ隊の間で発行されている運動ニュース誌もまた、「トゥクトゥク」と名付けられている。こちらはしっかりとした政治紙で、デモ隊の政策、改革構想などが記載されている。

偶然なのか、それともエジプトのそれを踏襲しての命名なのか。当事者たちに聞くしかないが、確実に言えることは、ともに「貧しい無職の若者たちの声を代弁する」メディアとして生まれたということだろう。一つ間違えれば犯罪の温床と蔑視されるトゥクトゥク運転手は、イラクの抗議運動のなかで、活動家を救って火の中水の中をひた走るヒーローとなった。これは紛れもなく、2011年の「アラブの春」から苦闘を続けるアラブ諸国の若者の、連続したストーリーだ。

sakai191214-tuktuk02.jpg

(イラクの「トゥクトゥク」第一号。イラク在住の筆者の友人から送られた写真)

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相「首脳外交の基礎固めになった」、外交日程終

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 9
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 10
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story