コラム

熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しないのか?

2025年07月02日(水)14時45分

日本をはじめ世界各国の猛暑は年々ひどくなるばかり Stanislav Kogiku/SOPA/REUTERS

<夏期の猛暑が深刻化するなか、「直腸温測定」「アイスバス」という有効な熱中症対策が日本では心理的な抵抗感からか普及していない>

今年も熱中症が心配な季節がやってきました。6月の猛暑は記録的であり、既に熱中症による救急搬送が激増しています。ちなみに、昨年、2024年の熱中症による死亡者数は日本全国で2000人を超えているというのですから、事態は深刻です。後遺症に苦しむ人も多いということです。今年も同様の厳しい状況が続きそうです。

この熱中症ですが、とにかく熱との戦いになります。患者がどの程度「熱に冒されているか」を測定し、測定結果が「一刻も早い冷却」を分単位で要求しているのなら、最も効果的な冷却方法を実施すべきです。ところが、この「測定」と「冷却」に関して、決定打ともいうべき対策が、実は日本では普及していません。


まず、測定ですが、熱中症が疑われる場合は、身体の奥の温度、つまり「深部体温」の測定が必要になります。深部体温が危険な高温になっていた場合は、一刻も早く冷やさないと熱せられた血液が循環して、特に脳にダメージを与えることで、重篤な状態になるからです。

深部体温の測定というと、耳を使った鼓膜温の測定という方法があります。ですが、鼓膜温の検温というのは、正確さという点で劣ります。一般的に、深部体温の測定で、最も正確なのは「直腸温」の測定です。この「直腸温」の測定は、正確な測定ができるので手術中の体温モニターなどで使われるものですが、決して難しいものではありません。

現在なら、直腸での検温ができる体温計は市販されていますし、価格もそんなに高くありません。センサーの部分はシリコンで覆ってあり、安全性にも配慮されているものがあります。ところが、熱中症が疑われる場合に直腸温を検温するという習慣は、まだ普及していません。救急搬送先の病院では実施すると思いますが、学校や施設の医務室レベル、あるいは救急隊のレベルではあまり行われていないのです。

直腸温測定への心理的抵抗感

普及しない理由としては、直腸温を測定する際には、肛門からセンサーを挿入することから、羞恥心や清潔さという面で心理的な抵抗があるからと考えられます。例えば、AEDの使用の際に、羞恥心の問題が抵抗となって救命行動に躊躇するという話があります。直腸温の検温については、物理的にはAEDと同等あるいはそれ以上の心理的な壁があると考えられます。けれども、救命には一刻を争うという点では全く同じです。

対策は色々と考えられます。検温中の患者を、周囲から隠す幕(但し通気性に注意)を開発するとか、検温センサーだけを通し周囲は見えないようにする特別な下着を開発するという工夫はできると思います。潤滑剤もワセリンなど一般的なものでいいと思います。いずれも、特別な技術は必要なく、コスト的にも高額にはならないと思います。救急隊員などへの研修や訓練も、そんなに面倒なことにはならない種類ですし、法改正なども要らないのではと思います。

この際ですから、医療機器メーカーには安全で使いやすく、正確な結果が瞬速で得られ、清潔さの管理がラクな「直腸温専用の体温計」を開発していただければとも思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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