コラム

トランプのイラン空爆と、米民主党のさらなる左傾化

2025年06月26日(木)16時00分

そんな中で、米民主党内の勢力バランスには激しい動揺が始まっています。6月24日に行われたニューヨーク市長選の予備選がいい例です。事前の予測を覆して、33歳の州議会議員、ゾルダン・マンダニ候補が、州知事経験者のベテラン、アンドルー・クオモ氏を下したのです。マンダニ氏はインド系ウガンダ人として7歳のときにアメリカに移民してきました。

アメリカに帰化したのは2018年で、全くの新移民といって良いでしょう。またシーア派イスラム教徒として知られており、バイデン政権のイスラエル支持政策を厳しく批判していました。政策的には自分は社会主義者だとしていて、生後5カ月から5歳までの託児所の無料化、家賃の凍結、市内のバスの無料化、あるいは食料品スーパーの公営化などを主張しています。

対抗馬のクオモ氏は、党内中道派として知られ、かつてはヒラリー・クリントン氏の盟友でしたし、オバマ、バイデン路線を忠実に継承するという立ち位置にいました。ですが、ニューヨーク市の若者は、物価高や雇用不安に悩むなかで、急進的なマンダニ氏を選んだわけです。ちなみに、マンダニ氏の政治的立ち位置は、党内左派の代表であるアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員や、バーニー・サンダース上院議員より更に左寄りです。

もしかしたら、トランプ政権のイスラエル支持政策に不安や不満を持つニューヨークの若者は、そのようなトランプ政治に対する強烈な「ノー」を表現したいのかもしれません。現政権の政策とは真逆である、社会主義でイスラム教徒のマンダニ氏に引き寄せられるというのは、そういうことだと考えられます。

一気に大きくなった民主党左派の存在

一夜明けた反応としては、「政治的大震災」とか、右派メディアからは「NYC、SOS」といった激しい表現が見られます。マンダニ候補の得票率は、43.5%で、50%に達していないこともあり、クオモ候補は郵送投票の結果を待つなど、まだまだ粘る可能性はありました。ですが、同日開票の結果、クオモ氏の得票率は36.4%と意外な大差がついていたこともあり、当夜のうちにクオモ氏は敗北宣言をしています。11月の市長選へ向けて、ニューヨーク市の民主党は、マンダニ氏を候補とすることが確定しました。

民主党内の動揺は激しいものがあります。若者の左派への共感が、ここまで強かったという衝撃から、2028年の大統領選には左派のオカシオコルテス議員を擁立すべきという声が、にわかに起こっています。また、穏健派のベテラン、ネルダー議員などは「党の団結のため」にマンダニ候補を支持するとして、周囲を驚かせています。

国内外の動揺が激しくなってきた今、アメリカでは若者を中心に現状への不満が渦巻いています。とりあえず2024年の選挙の時点では、トランプ現象がその受け皿になりました。ですが、全く別の受け皿として、社会主義を掲げる民主党左派の存在が、これで一気に大きくなったというのは事実だと思います。

それにイラン情勢をめぐるトランプ氏の「力の行使」の危険性に対する反発が、一気にマンダニ候補を押し上げたのだと思います。そのトランプ大統領は、「狂気の共産主義者が出てきた」として、早速マンダニ氏に対する激しいバッシングを始めました。アメリカは、いよいよ分断から分裂の時代へ向かうのかもしれません。

【関連記事】
イラン攻撃への関与で真っ二つに割れるトランプ支持層
「音大卒では食べていけない」?......ただし、趣味を諦めれば食える時代は既に終わっている

ニューズウィーク日本版 Newsweek Exclusive 昭和100年
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月12日/19日号(8月5日発売)は「Newsweek Exclusive 昭和100年」特集。現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア「H20」は安全保障上の懸念=中国国営

ワールド

中国、米にAI向け半導体規制の緩和要求 貿易合意の

ワールド

北朝鮮、軍事境界線付近の拡声器撤去を開始=韓国軍

ワールド

米、金地金への関税明確化へ 近く大統領令=当局者
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客を30分間も足止めした「予想外の犯人」にネット騒然
  • 2
    なぜ「あなたの筋トレ」は伸び悩んでいるのか?...筋肉は「光る電球」だった
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 5
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中…
  • 6
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 7
    伝説的バンドKISSのジーン・シモンズ...75歳の彼の意…
  • 8
    60代、70代でも性欲は衰えない!高齢者の性行為が長…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 7
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 8
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 9
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 10
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story