コラム

ボストン市長選で民主党左派のアジア系女性候補が勝利 今後の米政治への影響は?

2021年11月04日(木)16時40分

彼女は、NYのアダムス候補とは違い、「左派」の立場を明確にしています。徹底的に民主党左派の政策を訴えることで、若者を中心に多くの支持を集めて勝利したのです。重要なのは、そのような勝ち方で勝ったことではありません。そうではなくて、彼女は左派政策を「成功させる」ことを市民に約束したということです。

具体的には、市としての排出ガス抑制、公的交通機関の無償化、住宅の賃料高騰の抑止、市政府によるマイノリティー起業家への発注拡大を通じた貧困地区の活性化、などの公約です。一見すると、いかにも「野党的」で「いかにも左派的」な印象を与える政策です。ですが、ウー氏は、ハーバードを卒業後、一旦ボストン・コンサルティングで実務を経験し、その後、ハーバード法科大学院に入り直した「地に足のついたエリート」です。

彼女の目標は、環境基準の達成に加えて、ハイテクや金融に関係する人だけが潤い、貧困層は物価高騰などからボストンから出て行かざるを得ない「格差の拡大」そのものをスローダウンさせることです。そのためには、交通機関無償化、家賃規制、マイノリティーへの発注、といった政策を「バラマキ」に終わらせず、リアリストして市の経済成長に結びつけることが求められます。

トランプ回復?

ウー氏は、ハーバード卒のコンサルタントとして活躍していた時期に、体調を崩した母親の介護のためにキャリアを絶ってシカゴに帰郷、幼い弟たちの親代わりとなる中で、一念発起して家族を連れてボストンに戻り、法科大学院に挑戦したといいます。そこで、現在は上院議員となっているエリザベス・ウォーレン氏に師事しています。ウォーレン氏が破産法の研究者であったように、ウー氏もビジネスの世界のリアルを知りつつ、その能力を左派政策の「成功」、つまり都市の再生に結びつけようとしているのです。

2日の晩の勝利宣言では、冒頭に「私の息子たちが『ママ、男の子でも市長になれるの?』と聞いてきたので、『もちろんよ。でも、今回はママが市長になるの』と言ってやりました」と述べて、支持者の喝采を集めていました。

民主党の左派(プログレッシブ)が、グリーン・エコノミーと格差是正政策を、実際に大都市の市政へ持ち込むというのは、非常に注目されます。2022年の中間選挙、そして2024年の大統領選へ向けた政局を考える場合には、このウー氏のボストン市政が成功するか、失敗するかという問題は、「バイデン離れ」とか「トランプ回帰」といった印象論よりも、より本質的な意味でアメリカ政治の方向性に影響を与えていくと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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