コラム

日本の災害で、早めの避難指示を妨げるもの

2018年07月24日(火)17時30分

また、アメリカには「ハリケーン・パーティ」と言って、若い男性のグループなどが「プランク(悪ふざけ)」としてわざわざハリケーンの風雨の中で酒を飲んで騒ぐというカルチャーがあります。避難対象地域の中でも比較的穏やかなエリアなどでは、そうした行為が「見て見ぬふり」になることもあります。ただし、悪質な場合は身柄拘束や逮捕ということもあり、その判断は現場に委ねられています。

ですから、「強制避難命令」を「出す方」も「受ける方」も実に事務的で、妙な張り合いもなく、万事が淡々と進むのです。もっと言えば、そこに「上下関係がない」ということが重要です。

日本の場合は、これは言葉の問題になりますが、避難「勧告」にしても「指示」にしても、言葉としてどうしても「権威や権力がある支配者(お上)」が「被支配者(庶民)」に対して一方的に発するものというニュアンスが伴います。

そうすると、江戸時代からの伝統カルチャーである「へそ曲がりの反権力」という感情が邪魔をして、人々が避難をためらうとか、仮に事前避難を実施したとして、災害がなく「空振り」に終わった場合には、猛烈な非難を覚悟しなくてはならないということになるわけです。

問題は、言葉に付随してしまう「上下のニュアンス」ということで、ここをどうクリアしていくのかが成否を分けるのではないかと思います。昨今は危機感を伝えるために「命に関わる」とか「10年に一度の」といった形容を工夫するようになっていますが、どうしても「上下のニュアンス」からは自由になれないようで、「10年に一度と言われても昨年もそうだった」などという「反発」が出てしまうわけです。

危機感を「対等なニュアンス」でしっかり伝える方法として「顔の見える個人」が訴えるという方法があります。アメリカの場合、通常は州知事がテレビ演説して非常事態宣言や避難命令を出します。

ではアメリカの場合は万事うまく行っているのかというと、そうでもなく、ニューヨークでは前任のブルームバーク市長の時代に、ハリケーンの高潮について大規模な避難命令を出したにも関わらず、ハリケーンの進路がずれて「空振り」に終わったことがありました。この時は、市長には批判が集中しました。ちなみにその後、やはり高潮被害が予想された際には、今度は市長の代わりにクオモ知事が宣言役を引き受けて「オオカミ少年現象」を回避、この時は実際に被害が出て「避難しておいて良かった」となったこともありました。

日本政府は、今回の西日本豪雨における災害を受けて、今後は避難指示のタイミングを繰り上げることを検討するとしています。必要なことだと思いますが、これを成功させるには、「言語表現を工夫して上から下というニュアンスを避ける」とか「顔の見えるリーダーが直接訴えかける」といった方法論を試行して行くことが必要ではないかと思います。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は続落、米雇用統計前の警戒ムード 一

ビジネス

経済同友会の代表幹事に山口・日本IBM社長、新浪氏

ワールド

台湾総統、財政関連法改正に反対 野党主導の議会と溝

ワールド

スイス、26年成長予想を1.1%に上方修正 米関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story