コラム

共和党予備選で盛り上がる「政権交代外交」否定論

2015年12月22日(火)16時30分

 ですから、この2つがセットになることで、左派ではなく右派的な主張になるのです。さらに言えば、カダフィ打倒に手を貸し、今もアサド打倒を考えている共和党の「軍事タカ派」、つまりジョン・マケインやリンゼー・グラハムへの「アンチ」にもなります。

 さらに言えば、そうした「独裁政権許容論」というのは、ヒラリー・クリントンの政治姿勢に真っ向から対立するものです。ヒラリーの行動理念というのは、いわば「リベラル・ホーク」つまりリベラルなタカ派とでも言うべきもので、人道危機や民主化要求運動には積極的に介入して「自由と民主主義、人権」という普遍的な価値を世界に普及させようという思想です。ですから、この「レジーム・チェンジの否定」というのは、そのいわば「ヒラリー主義」の全否定になります。

 また、この主張は共和党の伝統である「孤立主義」とも整合性があります。トランプと言えば、ロシアのプーチン大統領とお互いに「称賛しあう」妙な関係になっていますが、その「プーチン許容論」も、この「独裁政権許容論」の一つだと見ることができます。そして、プーチンを認めて、アサド政権も認めれば、ISIL攻撃の体制はかなりシンプルになるという、かなり粗っぽい単純化もされています。

 この「レジーム・チェンジ否定論」あるいは「独裁政治許容論」ですが、こうした世論感情はトランプ旋風だけでなく、共和党の一定の部分に浸透しつつあると見るべきでしょう。ブッシュもオバマもマケインも、そしてヒラリーも「ぶっ飛ばせ」というわけです。

 ですが、自分たちは「アメリカを再び偉大にする」と称しておきながら、理念型の外交を否定するというのは、大変に危険な考え方だと思います。フセインもプーチンも認めるのであれば、経済的な関係の深い中国の共産党独裁体制も「損得の話」としてアッサリ認めてしまう、そんな危険性も感じられます。

 共和党では今、こうしたトランプ=クルーズの動きに対して、マルコ・ルビオ議員が「伝統的な共和党の現実路線」を代弁して対抗しようとしていますが、現時点ではまだ対抗できるほどの支持を得ていません。この「レジーム・チェンジ否定論」が今後どう動くか、注意して見ていく必要がありそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インドのモディ首相、キプロス訪問 貿易回廊構想の実

ワールド

イスラエル・イラン衝突、交渉での解決が長期的に最善

ビジネス

バーゼル銀行監督委、銀行の気候変動リスク開示義務付

ワールド

訂正-韓国大統領、日米首脳らと会談へ G7サミット
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story