コラム

中国「抗日戦勝記念式典」のねじれた正当性

2015年09月01日(火)17時35分

 中国の場合、レーニンやスターリンの思想に影響を受けた権力の集中はそのままに、経済だけは自由化した一方で、自由と民主主義は西欧の価値観だとして、その「押し付けは拒否する」という立場を取っているわけです。ということは、両国共に、民主主義の正統性を戦って勝利したという第2次大戦のレガシー(遺産)の継承者とするのは難しいと思われます。

 さらにロシアの場合は、第2次大戦というのはあくまで対独戦であって、対日関係というのは基本的には「日ソ中立条約」による平和が機能するというのが「大きな枠組」であったわけです。それをルーズベルトの判断ミスにより、ヤルタ協定で対日宣戦を促されたということを口実に、「東西冷戦の前哨戦」としての対日宣戦と、満州から38度線以北、南樺太、千島全島の占領にいたったわけです。

 もちろん、そのようなマキャベリズムを読み切れず(何よりもソ連に対日宣戦の兆候があることは北欧に居た日本の諜報のプロからの警告があったにも関わらず)、「ソ連の仲介で和平を」などという幼稚な外交を続けていた日本政府の行動に関しては、70年後の今日にあらためて批判されるべきだと思います。

 ですが、それはともかくとして、ソ連の対日宣戦というエピソードは、どう考えても東西冷戦の前哨戦であって、第2次大戦の正当な戦闘の一環であるとは考えにくいのです。そうすると、この9月3日の「対日戦勝記念日」というのは第2次大戦の戦勝国の正統性とは関連が相当に薄くなっていると言わざるを得ません。

 このような奇妙な事態を避けるためにも、この9月2日には東京湾上で日米主導の「降伏文書70周年」を記念する行事を行うべきでした。両国だけなく太平洋とアジアの戦線で没した戦没者と非戦闘員の犠牲者を追悼するために、降伏文書の調印当事国を中心にできるだけ多くの国の参加を募って厳かに行うべきだったのです。

 歴史を踏まえた「正規の降伏文書調印70周年行事」が先に決まっていれば、派手な軍事パレードなどという変則的なイベントが行われるということもなかったのではないでしょうか。日本外交としては、そうした「踏み込んだ追悼と恭順」を示すことで、反対に外交の主導権を握るという積極策を取り得なかったことは反省点だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、リオ・ティント株売却 資源採取産業から

ワールド

ドイツ外相の中国訪問延期、会談の調整つかず

ビジネス

ヘッジファンド、AI関連株投資が16年以来の高水準

ワールド

ロシア、米欧の新たな制裁を分析中 国益に沿って行動
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼稚園をロシアが攻撃 「惨劇の様子」を捉えた映像が話題に
  • 3
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 4
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 7
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 8
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story