コラム

日本の「テロ対策」8つの疑問

2015年02月12日(木)12時51分

(5)安全ということでは、中東で開催されるスポーツの国際試合に参加する日本代表は「JAPAN」と表示したユニフォームやバッグを持たないことにしたそうです。日本はテロ集団の事実上支配する地域で人質が殺害された一方で、難民支援に努力をすると宣言しただけです。どう考えても中東の穏健な諸国で代表チームが狙われるはずはありません。開催国の警察当局が敷く警備体制に不信を抱くのは外交儀礼に反しますし、まわりまわってかえって危険と思います。開催国側から要請されたのなら別ですが、それこそ外交儀礼上異常な話で、あり得ないでしょう。

(6)日本の警察の捜査ですが、殺害の実行犯がイギリスアクセントの英語を話す「ジハーディ・ジョン」だとして、その特定へ向けて米英に捜査協力を要請したという報道がありました。ですが、この規模の犯罪になっても「直接の実行犯容疑者に逮捕状を出す」ことが目標でいいのでしょうか? 仮に特定ができても、その「ジョン」個人に対して東アジアの日本から逮捕状を出すことが、テロの抑止にはならないと思います。さらに上層部を含めた組織犯罪として向かい合うことはできないのでしょうか?

(7)組織犯罪ということになると、例えば「破壊活動防止法」などがあるわけですが、この法律を使うと「民主主義の敵」だとして批判を受けるので出来ないのでしょうか? ということは、首謀者を含めた組織を取り締まるのではなく「直接の実行犯」だけの逮捕状発行を目指すという形式主義が日本の民主主義を守っているということになるのでしょうか?

(8)どうやら、法制の縛りや左右対立のために「実効あるテロ対策」が進まない、そうすると保守的なサイドからは「政権批判をする人が自分たちの危険を増大している」という話が出てくる一方で、「政権側はますます秘密主義で権力集中を企んでいて危険だ」として反対派の方も思い詰めてしまう、そんな構造がありそうです。結果的に「面倒なので」政権は多くを語らなくなって特定秘密保護法の背後に隠れることになるわけですが、そうなるとチェックが効かないことが、非効率や官僚主義を野放しにして最終的に危険を増大する可能性もあるわけです。このような凶悪事件を政争に使うことは、左右どちらの側も慎むべきと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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