NATOガイレンキルヒェン航空基地(ドイツ)を訪問したルッテNATO事務総長(2025年11月13日) ddp/Panama Pictures via Reuters Connect
このたびは、『模索するNATO──米欧同盟の実像』(千倉書房)と『はじめての戦争と平和』(ちくまプリマー新書)の2冊を同時に対象にしていただきました。
10年以上お待たせしてどうにか刊行にこぎつけた前者に対し、その完成の開放感のなかで勢いにまかせて書きあげたのが後者です。ただ、それゆえに、筆者の思いは完全につながっています。
共通する力点は、リアルな国際政治、安全保障像の追求であり、それをいかに読み解くかです。何とも単純な話です。崇高な学問的問いの探求ではありません。美しい理論でも、膨大な数量データの分析でも、重厚な歴史でもありません。
しかし、この学問的にはあやふやなやり方の可能性を試したかったのです。片手間の現状分析や時評ではなく、ジャーナリストによる調査報道とも異なる、研究者による政策分析の挑戦でした。まだまだ道なかばでして、2冊はとりあえずの中間報告です。
『模索するNATO』では、NATO(北大西洋条約機構)という、とにかく興味の尽きない米欧同盟を丸裸にすることを目指しました。
首脳会合などの発表文書や指導者の発言の分析から浮かびあがるのは、さまざまなものがつながっていたりこじれたり、面倒なものは先送りされたり、それでも大きな出来事があると急に動いたりするような、格好わるくもある姿です。一貫したストーリーがあるとは限らないのは、我々個人と同じです。
そのようなNATOは、日本の同盟国である米国が主導する同盟という点で、日本人にとって他人事ではありえません。そのため、「日本人のためのNATO研究」が必要なのです。
学問は国境を越えられるはずですが、同時に、政策分析が求められる文脈に着目すれば、やはり国境は存在するのです。日本語による学術出版の意義と未来を信じています。
『はじめての戦争と平和』は、「若い人たちに最初に手にとってもらいたい」というレーベルの1冊です。ただ、若い人に限らず、国際政治、安全保障の大海を前に、どこから何を理解しようとすればよいのかと悩むのは当然です。その際、何をどのように考えると何がみえるのかという、読み解き方が助けになります。
安全保障に関して、すべての基礎は、「何から何をいかに守るのか」です。NATOや日米同盟は「いかに」の部分にあたる、いわば手段です。こうした基本的視座について、『模索するNATO』では触れられませんでしたので、その意味で2冊は補完的な関係にあります。
国際政治や安全保障を、それらの構造を踏まえて独自に分析できるようになることが、今日ほど求められている時代はないはずです。今回の名誉あるサントリー学芸賞の受賞により、筆者の考えてきたことが、単なる独りよがりではなかったと認めていただけたように感じております。
今後は、分析力をさらに追求し、外交・安全保障政策分析の体系化にも貢献できればと考えています。これまでお世話になった方々にあらためて感謝いたします。
鶴岡路人(Michito Tsuruoka)
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。ロンドン大学キングス・カレッジより博士号取得(PhD in War Studies)。防衛省防衛研究所主任研究官などを経て、現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書に『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮社)など。
田所昌幸氏(国際大学特任教授)による選評はこちら
『模索するNATO──米欧同盟の実像』
鶴岡路人[著]
千倉書房[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
『はじめての戦争と平和』
鶴岡路人[著]
筑摩書房[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
【関連記事】
イスラエルは、なぜそんなことをするのか...「許容できない思想」の背景の解明に心を動かされてきた「学問の原点」と現在をつなぐ視線
NATOを覚醒させたウクライナ侵攻
キーウに1年半住んだ日本人研究者が見た、ウクライナ人の戦争と日常、戦後の展望
