コラム

オーケストラ公演中の「抗議行動」が成功した理由とは?

2014年10月07日(火)12時38分

 さらに参加者たちは、二階席から一階席へと「ビラ」を撒いたのです。そのビラは激しい政治的な言葉ではなく、単純に「マイケル・ブラウンへのレクイエム」として、ブラウン氏の生年月日と死去した日が書かれていました。それは、ハートの形をしており、ビラというより、カードと言った方が良いのかもしれません。

 パフォーマンスは、ものすごく上手であったわけではありませんが、参加者によれば全体のリハーサルを三回やったというだけあって、私が動画サイトで確認した範囲では、まずまずのものだったようです。

 中には怒って退場した人もいたようですが、多くの観客は戸惑いながらも、このハプニングを見届け、パフォーマンスが終わると拍手している人もいました。またマエストロをはじめとするオーケストラの楽員たちも、弦楽器の奏者などは慣例に従って弓を叩いて拍手し、このパフォーマンスへの賛同を表明していました。

 50人前後という参加者は全員がちゃんとチケットを購入しており、臨時のパフォーマンスを終えると整然と退場していったそうです。オーケストラは、その公式ブログで「この事件には戸惑った人も怒った人もいるかもしれないが、ブラームスがこの曲に託した人類愛の精神に沿うもの」だとして、理解を示しています。

 オーケストラの広報は「ただ、参加者がそのまま会場に残って、ブラームスの『ドイツ・レクイエム』を聞いてくれれば良かったです。この作品は、親しい人間の死を経験した人を慰めてくれるからです」というコメントを発表していますが、とにかくマエストロも楽員も「公認」した以上、そして全てが整然と行われた以上、この「ハプニング的な抗議行動」は成功したと言えるでしょう。結果的に大変に例外的な行動ではありますが、警察沙汰にはなっていません。

 知的なクラシック音楽の世界の、あるいは「例外的な事態」が好きなアメリカ人らしい特別なエピソード、そのような特別な話に聞こえるかもしれません。ですが、この時期にセントルイスで「レクイエム」の公演があるということを聞きつけて、「今、自分たちが悼むべき死者は、ブラウン氏ではないのか」と思いついた、この人々の発想は、私は自然なものだと思います。この行動を成功に導いたのは、その発想の自然さであったのではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金正恩氏が列車で北京へ出発、3日に式典出席 韓国メ

ワールド

欧州委員長搭乗機でGPS使えず、ロシアの電波妨害か

ワールド

ガザ市で一段と戦車進める、イスラエル軍 空爆や砲撃

ワールド

ウクライナ元国会議長殺害、ロシアが関与と警察長官 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 2
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあるがなくさないでほしい
  • 3
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世界的ヒット その背景にあるものは?
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 6
    BAT新型加熱式たばこ「glo Hilo」シリーズ全国展開へ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    就寝中に体の上を這い回る「危険生物」に気付いた女…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    シャーロット王女とルイ王子の「きょうだい愛」の瞬…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story