コラム

「食の伝道師」構想、「スシポリス」の二の舞は避けられるか?

2013年05月30日(木)13時00分

 政府は日本文化の普及の一環として、料理人や日本食に詳しい有識者を「食の伝道師」として育成し、海外のイベントなどに派遣することを考えているようです。このアイデアを聞いて、一瞬私は心配になりました。というのは、以前に類似のアイデアとして「スシポリス」騒動というのがあったからです。

 厳密に言うと、「スシポリス」というのはアメリカなど海外の「日本食ファン」が怒って付けた名前で、2007年に検討に上った際の名称は「日本食認定制度」というものでした。そもそもは、亡くなった松岡利勝農水相によるアイデアで、松岡氏は何でもアメリカに出張した際に、韓国風の焼肉と寿司を一緒に出す店に行った際に「これはホンモノの日本食ではない」とガッカリし、その経験をベースにして「認定制度」を思いついたそうです。

 このアイデアですが、「スシポリス」だと批判されて頓挫したのは、当然といえば当然です。食文化というのは国境を越えれば変化して行くのは当たり前で、例えば日本という国は、世界中の食文化に興味を抱いて輸入するのが好きですが、自分たちの好みに合わせて材料も味も盛り付けも変えてしまうというという点で先進的なわけです。

 例を上げればキリがないのですが、勝手にナポリタンというスパゲティや、ツナマヨのピザといったイタリアにはないイタリアンを創作したり、あるいは中国の「湯面」とは全く別物の、ダシの濃いスープにコシのある麺の「ラーメン」などを発明しているわけです。オリジナルとの「違い」という点では、ヒンドゥーの人が食べない「ビーフカレー」などもあります。

 そのくせ、海外でそれぞれのカルチャーに合わせてローカライズした日本食を「なんちゃって日本食」などと罵倒するだけでは足りずに、「ポリス」を送って摘発しようというのは確かにおかしな話で、非難されても仕方がないでしょう。その点から考えると、今回の「伝道師」というのにも相当な不安を感じます。

 世界には様々な食文化があり、また宗教上のタブーもあるわけです。例えば肉に関するタブーは色々なものがありますし、海藻類には拒絶反応を持ったり、生の魚は食べないとか、貝類やエビ・カニの食用を禁じるとか、あるいは魚などの姿煮は「かわいそう」という感性を持った人々もいます。

 日本では料理の基本と思われている昆布やカツオの「ダシ」も忌避される場合がありますし、炭水化物や塩分を嫌う人も大勢います。霜降りの牛肉を食べるのは健康上の大罪であるとか、危険性のあるフグ料理に挑戦するのは家族への背信行為、などという感覚を持っている人もあります。後は「熱々の汁物」は苦手だとか、スイーツに関しては「そこでカロリーを取る」ので相当に甘いものを摂る習慣があるなど、色々なカルチャーがあるわけです。

 アメリカ発の日本食といえば「カリフォルニア巻き」がありますが、別にカリフォルニアの独自性を追求するために発明されたわけではありません。生の魚が苦手な人が多いのでアボカドを使い、海苔を真ん中に巻き込んでいるのは、真っ黒な海苔に抵抗がある人が多いから外には巻かないなど、日本食普及のための試行錯誤から生まれたものなのです。

 今回派遣が検討されている「伝道師」ですが、そのような海外の様々な事情に対して、無視したり、ケンカを売ったりしながら「正しい日本食を普及する」などという「原理主義」では失敗するのは目に見えています。

 もうひとつ気になるのは、日本食は「世界一」だという「おごった」考え方です。確かに、現在のアメリカとヨーロッパの一部、そしてアジアの一部では、日本食、特に高級な江戸前寿司や懐石料理は、とても贅沢で高価な食事というカテゴリに入れられています。

 ですが、こうしたマーケットでは、既に日本食は十分に普及してしまっています。本当に日本の食材、例えば調味料とか素材などの輸出を拡大したいのであれば、「高級料理」だけでなく、庶民的な味を輸出して行くのが正当で、その際には現地の食文化、食のタブーを踏まえ、更には現地ならではの素材を生かしながらの「クリエイティブな」発想が必要になります。

 とにかく、現地化を許すだけでなく、現地化のプロセスに関与して「日本の調味料や素材、料理法を導入すればこんな新しい味が生まれる」といった積極的なローカライズに貢献する、その際には高級料理のマーケットだけでなく、分厚いメインストリームの市場をターゲットにして行くという姿勢が必要な時期に入っているのです。

 ちなみに、日本食の調味料や素材に関しては、例えばアメリカの場合は中国や韓国、台湾の製品がかなり入ってきています。ワカメや昆布など日韓共通で使えるもの、香港製の日本風ラーメン(日系資本のものも含む)、台湾製の日本風醤油などは、下手をすると価格競争で日本のメーカー品を駆逐する勢いですから、日本食ブームをビジネスの成功に結び付けるのには、もっとスピードアップが必要だということも言えるでしょう。

 日本食の普及ということでは、ようやく超円高が収束した中で、海外から日本に来日する観光客に対する「日本食経験の拡大」ということも重要と思います。ですが、こちらも、現在はミシュランで星を獲得した店がどうとか、「ハイエンド」で「ホンモノ」という話が中心になっているように思います。

 そうは言っても、いくら日本が好きだからといって、一家5人で格安券で来日するような観光客が、一食数万円の懐石とか江戸前寿司ばかり食べるはずもありません。とにかく、「英語が通じて価格がフレンドリー」という条件で、「初心者向き」の店がもっと必要と思います。積極的に「観光立国」を目指す中で、来日する層の裾野が広がるようなら、これも待ったなしでしょう。

 その際には、多様な食のタブーや好みに合わせて、「辛いもの」「生の物」には表示をするとか、素材についてはきちんと分かりやすい素材の表示をするとか、多様な文化圏から来る多様な人々を迎える工夫をキチンとやって欲しいと思います。また、そのような工夫をしている店は自然に成功していくのではないでしょうか?

 いずれにしても、世界で日本食というのは相当な認知が進んでいます。その勢いを生かして、更に日本食をメジャーなものにして、それをビジネスの成功に結び付けるには、「ハイエンド志向」と「ホンモノ志向」という呪縛を捨てることが必要です。そうして裾野の拡大をする中で、ユーザーの立場を考えた柔軟な発想でアイデアを出していく必要があると思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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