コラム

大学への「TOEFL」導入案、総論はいいが各論は?

2013年03月27日(水)11時38分

 この欄でも再三主張していた大学入試へのTOEFL導入ですが、ようやく政府も動き出したようです。大学入試が変わることで、「翻訳メソッド+文法理解+語彙暗記」という「言語中枢とは何の関係もない、大脳の暗号解読機能」を刺激して「英語教育」などという大誤解から、日本の高校以下の教育が自由になるのは良いことだからです。

 このTOEFLですが、そもそもの目的が非英語圏の留学生が英語での大学教育に参加できるかを判定するものであり、その内容は大学入試に使用するにはふさわしいものだと思います。また、長い使用実績がありますし、大学で使用する英語のプロフィシエンシー(流暢さ)を測定するテストとして、恐らく最も適切な選択でしょう。

 ですが、今回の報道を通じてアナウンスされている案の各論をはじめとして、細かな点に関しては疑問に思われる部分もあります。以下、疑問点を箇条書きしておこうと思います。

(1)この案が国立大学協会でもなく、文科省でもなく、自民党案として出てきて、しかも選挙の争点にするというのが引っかかります。そこには、主権者の選挙権行使によって権威付けして押し切ってしまおうという思惑がミエミエです。半端な方法では大学などの現場が何だかんだ文句を言ってウヤムヤにする危険を感じているのだと思いますが、話として少々乱暴です。あくまで改革は大学に任せ、改革に失敗した大学は競争力を失うという中で話が自然に進むというのが筋です。

(2)そもそも、この自民党の構想自体が、「維新の会」の橋下徹大阪市長の主張をコピーしたものという印象があります。

(3)入学の判定にTOEFLというのは良いのですが、卒業資格に加えるというのは良くわかりません。仮に大学の4年間にホンモノの英語の授業や、英語圏からの留学生との交流、自身の短期留学などの経験ができれば、そして専攻内容の論文や関連する情報収集などを英語で行えるようになれば自然に身につくし、「入学時よりはスコアがアップする」のは自然だと思います。ですが、そのような大学の国際化が進まない中では「卒業時に慌ててTOEFL対策をする」というドタバタ劇に陥る学生も出るのではないかと思います。これも「入り口と出口を押さえれば逃げられないだろう」という作戦として考えたのでしょうが、どうも乱暴な印象があります。

(4)そうではなくて、本当に「全学部、全学科」について在学中の英語力向上を要求するのであれば、それは専攻科目に関連した形であるべきです。例えば、国文科にしても「明治期文学の研究」を英語で発表できて、アジアやアメリカの学生と「漱石の思想における自由と民主主義への理解度」などをディスカッションできるようにすべきでしょう。そうではなくて、国文学科の学生は、国文学の論文を日本語で書いて、その他に卒業資格を満たすように取ってつけたように「TOEFL」対策を4年生になってやるというのは、大学教育の姿として歪んでいると思います。

(5)仮にそこまでやるのであれば、今度は「大学4年間の英語と国際教養の成果」を問うのが、TOEFLでいいのかという問題が出てきます。基本的にTOEFLは高校を卒業して大学に入る年齢の若者の「キャンパス英語」の力を測定するものだからです。大学の卒業要件に使うのであれば、例えば政治経済の英語とか、サイエンスの英語というのは、それぞれの学部学科でちゃんと成果を問うていくべきでしょう。

(6)入試の話に戻りますが、TOEFLのスコアについて、学部学科別に「最低ライン」を決めるというのです。これもやや強引な感じがします。TOEFLというのは英語力を相当忠実に反映してしまうので、ある学部で「それなりのスコア」を「最低ライン」にした場合に、ちゃんと学生が集まるのかという問題があり、あるいは発表した最低点が低すぎると「国際的に見て恥ずかしい」ことにもなりかねません。逆に「権威があるが下がりつつある学部」に関して「高いスコアで足切り」という風にすれば「英語のできる学生を集めて権威回復」が可能というような思惑があるのかもしれませんが、果たしてうまくいくのか分かりません。個々の入試の全体構成は、やはり各大学に任せるべきではと思います。

(7)高校以下の教育現場に混乱を招くので5年後に実施というのですが、どうせ混乱は避けられないのですから時間をかける必要はないように思います。「英文和訳」とか「穴埋め文法問題」などの「受験勉強」のムダを早く終わらせるためにも、2~3年で実施してはどうでしょうか? 問題は高校や中学の体制ですが、英語の先生の中で「人物と知性は立派だが、英語だけは苦手」という人もいると思います。そういう人には、国語や社会などの教師に転身してもらう制度を作るなどして、何とか早く新しい体制に持って行って欲しいと思います。

(8)折角のTOEFL導入ですから、「日本語での解説」による「対策授業」であるとか「参考書」が出まわって、結局のところ「暗記と暗号解読」的な学習法に流れるようなことがあっては本末転倒です。第一、そんなやり方ではスコアも上がらないでしょう。読解も、ディクテーション(リスニング)も「英語でダイレクトに理解」するような指導法を徹底すべきです。

(9)日本という国は、何も英語圏からだけ学んで現在の姿があるのではありません。今回のTOEFL導入で、ヨーロッパの諸言語をはじめ、中国語、韓国語、アラビア語といった日本が世界と関わってゆく上で重要な言語に関する教育が疎かになり、そうした言語の能力を持った人材が軽視されるようではいけないと思います。

 いずれにしても、その先には、英語の第2言語化であるとか、会計制度やコンピュータ、企業法務の日英バイリンガル化など、「英語が使える国」として競争力が持てるような社会改革を進めていくことになるでしょうし、そうでなくては21世紀の世界で、またアジアで日本社会が生き残っていくのは難しいでしょう。

 反対に日本語を海外で普及させることも重要です。こちらもしっかりコミュニカティブなアプローチで行くべきです。その際に、自尊感情を潰して見せるような過剰な「へりくだり表現」や、組織内の上下関係を厳格に縛る言語表現などは簡素化し、その代わりに品位のある「ヨコの相互尊敬」表現を広げた「世界に出しても恥ずかしくない日本語」を、まず自分たちのスタンダードとして確立し、その上で広めるべきだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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