コラム

北朝鮮の混乱に備える4つのメモ

2011年12月21日(水)12時21分

 北朝鮮の金正日総書記の死去が発表されました。この国の行く末を含めて、北東アジアに混乱が生じる可能性はゼロではありません。その場合に、日本としたらどう行動したらよいのか、4点指摘したいと思います。

 日米間では、発表後に玄葉外相とヒラリー・クリントン国務長官で外相会談が迅速に行われ、相互に冷静な対応を確認しています。アメリカは死去報道の当日は多少市場が動揺しましたが、翌日には株が大きく上がるなど反応は極めて平静です。中国も短い発表を行ったのみです。ということで、急速な混乱というのは考えにくいのですが、とりあえず「不測の事態」に備えて確認をしておくべき点を列挙してみました。

(1)前提としては、良好な日韓関係を守る、これを軸として方針を考えるべきです。隣国との良好な関係の維持は、安全保障の最優先事項だからです。当面の間、慰安婦や竹島の問題で日韓の距離を引き離すような言動は封印すべきと思います。この間に、異様なまでにこうした問題が蒸し返されたのは、李明博政権が退任を前にして求心力維持を欲したというよりも、何らかの「日韓離反策」に引っかかっていたのではと両国が反省すべきです。

(2)中国が北朝鮮の安定を目的に北朝鮮領土への人民解放軍兵力の移動を開始する、また仮にその行動にアメリカが暗黙の同意を与える可能性があります。仮にそれが平和裏に整然と行われるにしても、韓国世論が不同意であるならば、日本はアメリカと同時のタイミングで中国を支持するのは止めておくべきと思います。ちなみに、現在の国連事務総長の潘基文氏は韓国人ですから個人的にも同意はできないでしょう。いずれにしても、韓国の世論が反中国で沸騰した場合には、たとえ一時期でも日本が同意をする、あるいは同情するという期間を置くべきです。その後、韓国の暴発阻止や、韓国側への理解要請を行うのは多国籍の枠組みで良いと思いますが、その枠組みが確立する瞬間まで日本は韓国に心理的に同伴するメッセージを出すべきです。仮に北朝鮮領土が中国の保護下に入り、韓国による統一の可能性が激減した場合に、そのフラストレーションが日本に心理的に向けられることは回避すべきだからです。

(3)仮に北朝鮮から難民が南北に流出し、南下した人数を韓国が受け止め切れない、あるいは小規模艦艇等で日本海上に流出した場合は、日本は人道的立場から保護する必要が生じます。しかしながら、その場合にはいわゆる偽装難民が軍事行動ないし社会の混乱を目的に活動するという懸念が否定できません。この懸念に対応するために、難民の保護に当たっては国連のPKF(ムリなら次善の策として有志連合も可)などの枠組みを使って多国籍の武装解除・臨検体制を敷き、不測の事態の抑止に務めるべきです。難民を十分な準備なく単独で受け入れ、何らかのトラブルから殺傷事件が発生し、それが日本による誤殺であったということにされ、韓国世論ひいては東アジアの世論全体が反日に傾斜する事態は避けねばなりません。

(4)拉致被害者に関する保護活動は、もしも北朝鮮の社会変動によって可能性が出てきた場合は、韓国が行う自国民保護活動と同一条件で協調して行うべきと思います。韓国側に犠牲を強いて、あるいは韓国側の救出活動に優先する形で日本が活動することは物理的に不可能であるし、また適当ではないと思われます。保護活動が進展する中で、拉致被害者に関して、金正日時代の「スパイ行為、拉致幇助行為、人権抑圧行為」の「加害者」であるという容疑が発生した場合には、真相解明協力と引換えに特赦とすることを基本とすべきで早期にそのようにアナウンスをすべきと思います。韓国国民の場合も同様の対応とすることを、事前に韓国側ないし多国籍の枠組みで調整することも必要です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国企画財政相と通商交渉本部長、25日に米で2プラ

ビジネス

米財務長官、金融規制改革深化訴え 前政権の資本規制

ビジネス

午前のドルは147円半ばで売買交錯、参院選後の取引

ワールド

英、ロシア「影の船団」に新たな制裁 タンカー135
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量のカギは「ホルモン反応」にある
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞の遺伝子に火を点ける「プルアップ」とは何か?
  • 4
    「死ぬほど怖かった...」高齢母の「大きな叫び声」を…
  • 5
    小さなニキビだと油断していたら...目をふさぐほど巨…
  • 6
    中国経済「危機」の深層...給与24%カットの国有企業…
  • 7
    日本では「戦争が終わって80年」...来日して35年目の…
  • 8
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 9
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 10
    その病院には「司令室」がある...「医療版NASA」がも…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 4
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 7
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞…
  • 8
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウ…
  • 9
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 10
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story