コラム

カダフィ「死亡」でオバマは窮地を脱するか?

2011年10月21日(金)13時17分

 アメリカとしては「生きて捕縛せよ」ということだったのですが、結局は拘束の過程で死亡ということになりました。手を下したのは誰なのかは現時点では不明ですが、このままですと真相の解明は行われない可能性もあるように思います。

 憶測の域を出ないかもしれませんが、結局はルーマニア革命の際の「チャウシェスク大統領夫妻の公開処刑」と構図としては同じことになった、そう見るのが妥当と思われます。チャウシェスク夫妻の場合は、豪壮な宮殿を造営するなど、権力と富を集中させた独裁政権に対する民衆の怒りが、冷戦期を巧妙な遊泳術で生き延びたこの政権を倒したわけです。

 ですが、新しい国づくりをする上で、チャウシェスク時代の官僚や政治家を全て追放してしまっては、国家運営の実務は回りません。そうは言っても「仕事のできる」人については、独裁時代に何らかの形で権力とつながっていたわけで、「叩けばホコリ」が出るのは避けられないわけです。

 そこで全ての罪を夫妻に押し付け、その上で国際社会に対して「公開処刑」という形で「旧政権の消滅」をビジュアル的に「動かしがたい事実」として突きつけたわけです。要するに「口封じ」というわけです。夫妻を生かしておいて、夫妻の過去の罪状に関して公判で明らかにするというのは、プロセスとしては公正かもしれませんが、その過程でルーマニアを再建する上で重要な人物まで「独裁時代の悪事に加担していた」という話がポロポロ出てくるようですと、政局はいつまでも安定しないことになります。

 今回のリビアの状況もこれに似ていると思われます。チャウシェスク夫妻が銃で撃たれ、崩れ落ちる映像と同じように、今回のカダフィの血まみれの映像も、リビアの今後のためには政治的に必要だったのでしょう。何とも残酷な話ですが、リビアの今後ということを考えると、とりあえず1つの大きな通過点だというのは間違いないと思います。

 この「殺害」ですが、アメリカは何らかの関与をしていた可能性があります。というのは、この「発見・殺害劇」の直前に、リビア政策の最高責任者というべきヒラリー・クリントン国務長官が、そのリビアを電撃訪問していたからです。では、殺害の瞬間にヒラリーはどこにいたかというと、アフガニスタンにいたのですが、丁度CBSテレビのインタビュー録画の準備中でした。

 そこへカダフィ殺害というニュースが飛び込んできたのですが、ブラックベリーをのぞき込みながら「ワーオ」と叫ぶヒラリーの映像が早速流れています。これも憶測ですが、アメリカはこの殺害に関しては表面的には反対しておきながら、実質的に暗黙の了解を与えているのだと思います。直前にヒラリーが行っていること、そしてそのヒラリーの「ワーオ」という顔がそうしたメッセージになっていると言えるでしょう。

 この「殺害」ですが、当面はアメリカの政局において、オバマには有利に働くと思われます。というのも、フランスのサルコジと一緒に空爆という形で積極関与を始めたのが、今年の3月でそれから7カ月近く延々と膠着状態が続いていたわけです。この間に、オバマの政敵の共和党、特に右派のティーパーティーなどからは「テロリストの反政府運動を支持するのは反米的」などと文句ばかり言われていたのです。

 そもそもこうした「アラブの春」そのものが2009年にオバマ自身がエジプトのカイロ大学で行った「イスラムとの和解演説」に触発されたものという見方もできるわけです。万が一、一連の反政府運動が、アルカイダ的なグループと関係していたということになると「オバマは反米」という政治的なプレッシャーが強まることになる可能性があります。

 とりあえずヒラリーが行って今後の体制を相談し、その直後にカダフィ「殺害」となったことで、オバマとしては一安心というところでしょう。そして、このリビアが安定化し、少なくとも反米ではない政権の下でベンガジ油田の操業が安定するようになれば、「アラブの春」全体としては一歩前進ということになるからです。

 勿論、この「アラブの春」にはまだまだ他の国の問題が残っています。シリアの状況は複雑すぎて不透明ですが、とりあえずリビアが落ち着くことでエジプトが穏健な方向になるかどうかが、大きなポイントでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国チベットで2回連続の強い余震、死傷者なし

ワールド

レバノン新首相にサラムICJ裁判長、ヒズボラ影響力

ビジネス

米クリーブランド・クリフス、USスチール買収検討か

ワールド

中国サイバー攻撃やウクライナ情勢など、トランプ氏の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン」がSNSで大反響...ヘンリー王子の「大惨敗ぶり」が際立つ結果に
  • 4
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「…
  • 5
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 6
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    アルミ缶収集だけではない...ホームレスの仕事・生き…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 6
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 7
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も…
  • 8
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story