コラム

「保守の風」はオバマを吹き飛ばすのか?

2011年09月26日(月)10時08分

 9月21日(水)の晩に行われたジョージア州での死刑執行は、騒然とした中で行われました。執行されたのは逮捕以来冤罪だと訴えていたトロイ・デイビスという黒人の死刑囚で、死刑制度反対派がデモを行う中での処刑となりました。このデイビスという死刑囚は、1989年の警官射殺事件への容疑で死刑となっていたのですが、物証に欠ける中、目撃者の多くが証言を取り下げたり限りなく灰色の事件だったのです。

 まず本人のデイビスは逮捕以来容疑を否認しており、地裁の有罪判決以降、2審、3審まで一貫して否認を貫いています。また1審の際には、ジョージア州の州法が未整備であったことから、公選弁護人の選定が受けられず、自己弁護、つまり弁護士なしの法廷で無罪を主張するということになっているのです。つまり、まともな憲法のある国であれば違憲状態での判決ということが言えるわけです。

 更に、有力な物証が乏しい中で9名の目撃証言が決め手になっているのですが、その内の7名が2審以降では「事件の現場は薄暗かったので、状況がよく見えなかった」などの理由から証言を取り下げたり、署名を拒否したりしています。そんなわけで、限りなくグレーな判決ということで、本人による執行差し止め仮処分請求や、再審請求などの出される中、これまでは何度も設定された処刑日時が延期されてきています。ですが、今回は州の恩赦検討委員会はローマ法王やアムネスティ・インターナショナルをはじめ、世界中から寄せられた処刑回避の嘆願にも関わらず、刑を執行しているのです。反対派は激しい怒りを表明しています。

 では、今回の死刑執行は何か法的に異常な判断だったのでしょうか? ジョージア州の法曹や州知事が政治的に歪んだ決定を行ったと言っていいのでしょうか? この点に関しては、以前に連邦最高裁の「裁判のやり直し命令」が出て、州が従わなかったというエピソードもあるのですが、今回の執行に関する差し止め請求とその取扱いということでは、州法上の問題はないようです。

 問題はないといっても、判断の背後にあるのはある種の政治性だと思います。ジョージア州の場合、刑の最終的な執行に関しては州知事には権限はなく、知事の選任する5名からなる「再審恩赦委員会」が決定することになっています。この委員会が最終的に執行へ「ゴーサイン」を出したというのは、やはり時代の風、それも「保守の風」に乗ったものだと思います。

 この「保守の風」ですが、現在進行形の共和党の大統領候補選びでも、動向を左右していると言っていいでしょう。先週行われた「グーグル+FOX」主催のTVディベートでは、トップを走っていたテキサス州知事のペリー候補が、思わぬ失速をしてしまいました。というのは、テキサス州では「不法移民の青年が州立大学に進学した場合、州内居住者への学費減免が受けられる」という点を、ロムニー候補に追及されたからでした。

 そもそも、州立大学というのは州内の若者を教育するための機関であり、そのために州財政からの援助があるわけです。ですから、州税を払っていない州外からの入学者には高額の授業料が適用されるというシステムになっています。テキサスの場合は、公立高校に3年以上在籍して卒業した生徒には、この「州内扱い」を自動的に適用しているのですが、これが問題視されました。

 ロムニー候補によれば、ペリー知事は「違法に国内に潜入した人間に学費の減免が適用され、州外の正当な合衆国市民には高額な学費が適用されるのは許しがたい」というのです。これに対してペリー知事は、「州議会も圧倒的多数が賛成した州法としての措置だ」として「州立大学は州内の人材育成の機関であり正当」と自分の立場を表明したのです。

 これは完全に「保守の風」を逆風に受ける行為でした。基本的にペリー候補は炎上状態となりました。直後のフロリダ州での模擬投票では、黒人実業家でゴリゴリの保守ながら「パレスチナ承認論」など変化球的な発言も交えた弁論の巧みなハーマン・ケイン候補に大差で負けるという波乱が起きています。この一連のエピソードについては、表面的には「ペリー候補の弁舌が稚拙だった」という分析が多いのですが、明らかに「保守の風」に逆らったのがダメージとなったと見るべきでしょう。

 ではこの「保守の風」というのは何なのでしょうか? 経済が低迷し、人々の間に不安心理が増殖しています。その不安感は「スケープゴート」を要求し、それが保守層の間では「何もかもオバマが悪い」という情念になっていっているのです。その「反オバマ」の情念が具体的には、黒人死刑囚への執行や、不法移民への教育の否定というような「オバマ的なるものへの正反対」の判断を後押しするように吹いているわけです。また共和党内では「真正保守」でないと大統領候補にはしない、という強い圧力となっているわけです。

 例えば、中道実務家のロムニー候補は、こうした「保守の風」に乗ることを自分が選挙に勝つためのゲームの1つと割り切っているのだと思います。ですが、そうした姿勢も、一歩間違えば足元をすくわれる可能性は十分にあるわけです。

 仮に経済情勢が更に悪化し、オバマへの憎悪が吹き荒れる中でこの「保守の風」が暴風になってくるようですと、例えばサラ・ペイリンなどが「後出しジャンケン」で出てくるかもしれません。ですが、そうした「暴風候補」になればなるほど、複雑化した国際経済の中での最適解からは遠ざかるわけです。逆に、欧州の危機が一段落し、アメリカの景気も大崩れはしないことが分かってくれば、急速に風の勢いは衰えてくるかもしれません。様々な意味で、この10月が大きな転換点になりそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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