コラム

石川遼選手「無免許運転」事件の背景とは?

2011年06月15日(水)10時18分

 国際免許証に関してはジュネーブ条約というのがあって、基本的に加盟国の免許を持っていると、その免許を発行した国で国際免許証(有効期間は1年)を取得することができ、その国際免許があれば他の加盟国では運転できることになっています。

 この運用は非常にシンプルにできていて、例えばアメリカの場合ですと、私の住んでいるニュージャージー州などでは、国際免許の取得は警察でも運転免許試験場でもなく、AAA(トリプルエー)という日本のJAF(日本自動車連盟)が旅行代理店を併営しているような民間団体に委ねられています。費用は15ドル(1200円)で面倒な人は申請書を郵送してでも申し込めるのです。

 石川選手は、アメリカで免許を取得して、その後この国際免許を取り、それで日本で運転したのが問題になったのですが、こうした「シンプルな」アメリカの事情の中では、仮にAAAで申請をした際に、「これで日本で運転できますか?」と尋ねれば「ノー・プロブレム」という答えが来るのは当然です。AAAの資料には「日本イコール無条件で国際免許が通用する国」という風に書いてあるからです。

 ところが実際は無条件ではないわけで、というのは日本に住民票がある(外国人登録している人を含む)人の場合は、海外で免許を取ったら「連続して3カ月」その国にいないと日本に帰国してから国際免許での運転は認められないことになっているからです。調べてみると、背景には複雑な問題があるようです。

 まず思いつくのは、運転免許取得費用に関わる内外価格差です。日本で取るのは高いから、海外で取ろうという人を防止する、そのためにこうした「規制」があるという印象です。今回の石川選手の問題が報道された際にも「形式的に3カ月滞在しろというのは、海外で免許を取らせないための形式的な縛りでは」という印象を与えたかもしれません。

 ですが、実際は違うようです。問題は「日本国内で免許取り消しになった」ドライバーが、免許を再取得できない「欠格期間」に渡航して海外で免許を取り、日本に戻って堂々と国際免許で運転するというようなケース、あるいは「もうすぐ免停になりそう」とか「今度は取り消し」というようなドライバーが、海外で国際免許を作って日本で運転する際に「日本の免許を持っていることを隠す」などというケースです。

 いわば、危険度の高いドライバーを規制するための免停や取り消しのシステムの「抜け道」に、ジュネーブ条約に基づくオープンな国際免許制度が悪用されているわけです。そうした犯罪を防止しなくてはならない苦肉の策として、この「3カ月」という規制ができているわけです。国内の自動車教習所の「既得権益」をどうこうという問題ではないようです。

 ちなみに、この内外価格差の問題ですが、確かにアメリカの免許取得費用は日本に比べれば格段に安いのは事実です。ですが、社会全体としては別の形でのコスト負担という形で返ってくるという面は勿論あるわけです。免許取り立ての若者が無謀運転で事故を起こすダメージの分は「高額な自動車保険料」という形で社会全体がコストを負担しています。免許取得前後に、子供に運転を教えるために親が手間をかけるということもあります。

 そんなわけで、石川選手の今回の問題は「非常に深刻な問題」ではないかもしれませんが、同時に弁明のしようもないということになるのではと思います。1つだけ、私がどうしても引っかかるのは、PGAをはじめ、大会スポンサーや放送局など大会を仕切っている関係者がどうしてチェックできなかったのかという点です。

 プロゴルフの場合、日本国内でも優勝の副賞としてスポンサー企業がクルマをつけるということは、非常に幅広く行われているわけです。優勝トロフィーと共に、大きな黄金のカギをスポンサーの自動車メーカーから贈呈されるシーンは、それ自体が広告効果を狙って表彰式の大事な部分になっています。

 ということは「ゴルファーは善良なドライバーである」ということは、業界全体のビジネスモデルとして組み込まれていなくてはならないわけです。無効な国際免許がどうこうという以前に、プロゴルファーであれば免許取得年齢になったら、即座に連盟が合法的に免許を取得するように促すべきだったのではないでしょうか。仮にドライバーとして何らかの問題を抱えた選手が優勝して、スポンサー企業から「黄金の鍵」を贈呈されても、スポンサーとしては逆効果になるからです。

 どうもその辺が不思議なのですが、それ以前の問題として、メンタルな部分が大変に微妙な形でプレーに影響するのがゴルフというスポーツなわけで、この種のトラブルを抱えることは選手のプレーへの悪影響も心配されます。その意味でも、何とも残念な事件だったと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マスク氏率いるX社、ヘイトスピーチ対策法阻止求めN

ビジネス

ゴールドマン、アジア投資銀行事業再編でシェア拡大目

ビジネス

中国、デジタル元の国際利用促進へ 多極通貨システム

ワールド

シンガポール成長率予想下振れ、追加緩和実施へ=MA
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story