コラム

ハーグ条約に加盟するのであれば関連法の整備を厳密に行うべきでは?

2011年05月20日(金)13時28分

 ハーグ条約加盟に政府は動き始めました。

 この問題は、離婚裁判を経ないで、あるいは離婚裁判をしたが共同親権という判決を無視して、子供を連れて日本に帰国した女性たちが、アメリカから「刑事被告人」として国際指名手配を受けている(少なくとも125件はあるそうです)件が背景にあります。アメリカに加えて、カナダ、フランスなどから日本は「拉致犯罪国」と指摘され「拉致をやっている国が北朝鮮を告発する資格なし」という暴言まで浴びているのです。

 ハーグ条約というのは、こうした国際離婚における親権争奪事例に関しては、基本的に元の居住国に子どもを戻すというもので、日本政府はここ数年間「渋々ながら」加盟を検討してきました。それが今回、本日5月20日、菅内閣による加盟への閣議決定と関係法の整備へという事態に至ったわけです。

 ちなみに、日米関係との関連で言えば、「トモダチ作戦」との関係でアメリカがバーター取引を要求してきたのではないと思います。ですが、日本の世論向けに「何かお土産を」ということで出す「モノ」としては比較的抵抗がなさそうだ、そんな判断は菅政権の政治感覚にはあるのではないか、そう見ておくべきでしょう。

 この欄で再三お話したように、国際離婚事例の裁判が国内で可能になるよう関連法規を整備すること「なし」に、ハーグ条約に加盟するというのは問題、私はそのように主張してきました。その主要な論点については、一昨年2009年の9月30日10月2日11月13日のエントリに掲げていますので、ご参照いただければと思います。

 尚、この2009年の時点で福岡で子供を「拉致」して米国領事館に駆け込もうとしたクリストファー・サボイという男性は、日米二重国籍者であるにも関わらず愛人の存在を隠してアメリカで離婚裁判を行い「共同親権」を米国法に基づいて獲得しているのですが、今月になって日本人の元妻が不在のまま民事事件として法廷を悪用して約5億円の損害賠償を「勝ち取って」元妻と日本の国家主権に悪質な挑戦を続けていることを注記しておきたいと思います。

 私は、日本の外務当局がアメリカやカナダ、フランスなどの政府から長年にわたって激しい圧力を受けてきたことは承知しています。また、「結婚生活が破綻すると、米国法に無知なまま勝手に子供を連れて日本に帰国してしまう」日本人女性が、現地アメリカにおける「リーガルマインドの欠落」が顕著なことから、日本の外交当局では救いようがないと思い詰めていることも知っています。前述の5億円の判決に加えて、勝手に帰国した母子の行為を幇助したとして日本航空まで訴えられるとあっては、そろそろ正面から対処しないとダメだというのも仕方がないのかもしれません。

 ですが、小手先の「関連法案」で対処する形でハーグ条約に加盟するのは問題だと考えます。

 まず政府案では、DV被害者の場合は子供の送致は行わないというのですが、ハーグ条約の主旨からすると厳密に言えば「子どもが虐待の被害にあっている」ケースは考慮されるのですが、「母親はDVの被害があるが、子どもと父親の関係には危険性は証明できない」ケースでは、子どもは取られてしまう可能性があるのです。この点に関して言えば、DVの被害を背負った母親が、子どもまで取られてしまうという常識的には考えられないケースが発生する可能性があるわけです。

 こうしたDV被害のケースに関しては、日本政府としては米国で発生したDV被害なら堂々と米国で告発し、慰謝料を取り、離婚裁判も有利に運べば100%の親権も取れる、そう考えているかもしれません。ですが、仮に犯罪が立証されて相手を刑事罰に服させ、民事も勝って慰謝料も親権も取っても、日本女性は親子で日本に帰国できない可能性があるのです。というのは、日本の民法では、離婚後に「親権のない方の親の面会権」が保障されていないのです。この点をタテに取って、親権を取れないようなDV夫でありながら、元妻と子どもが「米国領土内にとどまる命令」を裁判所から引き出すことが可能になっているのです。

 そこで今回の加盟と同時並行で「面会保障法」という法案が検討されているようです。国際的な常識に基づいて「面会権」を保障すれば、100%親権を取った親は子どもを連れて日本に帰国できる、理屈からはそういうことになります。ただ、その場合は、元DV夫が、元妻に対してこれ以上の精神的な危害を与えないという保障が必要です。

 また、この面会保障法と並行して、共同親権を認めるような法改正の動きもあるようです。結果的に「面会保障」「共同親権」更には「養育費の強制差し押さえ」という3点セットが揃えば、実質的に民法などの離婚法規が国際標準に限りなく近いものになり、国際間の離婚裁判を日本の法廷で行う場合に、相手が忌避できなくなるかもしれません。実は2009年に私が展開した議論は、こうした方向を目指すものであり、その点では政府や議員有志などによる努力には一定の評価を与えることはできます。

 ですが、ここ数年の日本国内の事情は必ずしも楽観を許しません。確かに、「共同親権」や「面会権」を求める「父性に目覚めたバツイチ男性」の増加という現象はあるようです。ですが、それ以上に悪質なDV、特に再婚した相手の「連れ子」に対して激しい暴力を向ける事例など、離婚をめぐる人生のドラマにおいて子どもが犠牲になるケースが目立ってきています。

 ハーグ条約と整合性を取るために、離婚法制を形式的に国際標準に合わせるだけでは十分ではありません。それによって今後発生するであろう、子どもと離婚後の両親の関係、子どもと離婚後の両親の新しい配偶者との関係などにおいて、心身共に子どもが保護されるように、カウンセリングや強制力を持った子どもの保護体制などを総合的に整備すべきだと思います。国際的な事例も日本で処理できるようにするとしたら、こうした子どものケアという意味でも国際的な対応が必要になってきます。

 いずれにしても、この件は、問題が日本の社会全体へ与えるインパクトの割には、十分に議論が成熟しているとは思えません。ガイアツに端を発したものではありますが、改革の方向性としては避けて通れない議論だと思います。その意味では、夫婦別姓だけでも高齢の有権者の意識を斟酌しすぎて停滞していた日本の与野党ですが、今回こそは迅速な行動が求められます。その一方で、様々な問題を抱えた現在の日本の社会においては、幅広いケースに対応してキメ細かい対応を詰めてゆかなくてはならないのも事実です。広範な議論の広がりを期待したいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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