コラム

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか?(第4回) カタカナ英語の許容範囲とは?

2011年01月21日(金)10時48分

 ノーベル化学賞を受賞した北大の鈴木章教授は、受賞の瞬間に「アンビリーバボー」と叫んだ、少なくとも朝日新聞の電子版はそう伝えていました。普通ならカタカナ表記としては「アンビリーバブル」という表記になることが多いのですが。朝日新聞はどうしてしまったのでしょうか?

恐らくは、テレビ番組のタイトルに「アンビリーバボー」というのがあり、読者にそれを連想させて記事を読み易くしようという動機、それから、国際的な舞台で活躍している科学者なら流暢に英語を駆使しているだろうというイメージが出る、という二重の効果を狙ってのことだと思われます。

それはともかく、私はこの「アンビリーバボー」という表記をしたのは良いことだと思います。何故ならこれは「カタカナ英語」であることは間違いないからです。これなら、英語圏でも恐らく通じるし、カタカナとして日本人が読むこともできるからです。

では「アンビリーバブル」の方はどうでしょう? こちらは英語ではありません。恐らく英語圏では通じないからです。つまり「カタカタ言葉になった外来語という日本語」ではあっても、「カタカナ英語」ではないのです。

英語の習得が益々重要だと言われる中で、日本人はカタカナ英語で良いのだという議論があります。余り建設的な議論ではないのですが、例えば私個人に関しても自分が英語をしゃべる時にどうしてもカタカナ的な発音から抜け出せないのも事実であり、いっそのこと肩の力を抜いて「カタカナ英語でいいじゃないか」という主張がされる背景は理解できない訳ではありません。

ですが、ここに落とし穴があるのです。許容されるカタカナ英語というのは「アンビリーバボー」の方であって「アンビリーバブル」はダメなのですが、普通、日本でカタカナ英語というと「アンビリーバブル」の方だという理解がまだまだ多数派のようなのです。

では、どうして「アンビリーバブル」という表記があるのかというと、それは「ローマ字読み」から来る誤解のためです。ローマ字で綴られたスペリングを元に、日本語のローマ字表記の読みに準じて以下の処理をするのが「ローマ字読み」です。それは(1)全ての字を発音する、(2)子音が孤立していた場合は母音を追加してカタカナの五十音に当てはめる、(3)アクセント(抑揚)は類似の外来語の音に似せる、というような法則でできています。

この「ローマ字読み」が横行する理由は単純です。日本では、子供たちはアルファベットを「日本語のローマ字表記」として最初に習うからです。その結果として、sはsという独立した子音ではなく「サシスセソ」という50音の中の音として「常に母音を付加した」状態で認識されてしまうことになります。まずアルファベットを50音表に基づいて認識してしまった日本人には、「アンビリーバブル」の方が言いやすいしスペルの記憶としてもやり易いということになるわけです。

この点に関しては、幕末の名通訳だったジョン万次郎が「独特のカタカナ英語」を発明しているそうです。例えば、万次郎が後に編纂した英語辞典では、「cool 」が「こーる」「Sunday」が「さんれぃ」、「New York 」が「にゅうよー」等、現在でも参考になりそうな発音表記が掲載されているそうです。

こうした「万次郎流」の再評価も進んでいるようですが、こちらも英語学習の方法としては「傍流」の話だと思います。英語の「取っ付きにくさ」を越える1つの手段ではあると思いますが、それ以上にはならないでしょう。ちなみに、教育に関して言えば、英語を教える前に「日本語のローマ字表記」のためにアルファベットを教えて50音の中に当てはめさせるのは順序として止めるべきで、それによって「アンビリーバブル」を何とか追放したいものです。

とにかく「日本人がカタカナ発音(アンビリバボーの方)に劣等感を持つべきではない」というのは正しいとしても「日本人はカタカナ発音で良いのだ」と言ってしまうのは強過ぎると思います。不要な母音は減らして、子音をしっかり発音したほうが通じやすくなるのは間違いないからです。

その意味で、渡辺謙さんがハリウッドで活躍する中で「日本人アクセント」なるものの認知が進んでいるというのには、複雑な感想を持ってしまいます。ケン・ワタナベ流の英語が好まれること自体は何も差別だとは思いませんが、さりとて「インセプション」のように、あそこまで「全開」となると、ちょっと行き過ぎという感じもします。渡辺さんも、日本人全般もあれに安住しないほうが良いんじゃないか、というのが私の率直な感想です。

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか?(第1回)

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか?(第2回)

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか? (第3回) 「弊害だらけのセンター試験リスニング」

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story