Picture Power

【写真特集】ハンセン病隔離の中の静かな尊厳と「命の記憶」

REMEMBERED LIVES

Photographs by Mikio Suzuki

2025年07月05日(土)16時03分

災禍の中で失う「個」をテーマに活動する写真家・小原一真
なぜ今「ハンセン病」を撮るのか

文:小原一真

 写真家・鈴木幹雄が沖縄愛楽園を訪れてから47年後の2022年11月、私は初めてこの療養所の地を踏んだ。新型コロナウイルスが世界的に猛威をふるい始めてから、2年ほどが経過していた。当時はオミクロン株が拡大し、まだまだパンデミックの終焉を見通せるような状況ではなかった。世界各地では感染で亡くなった人々を悼む追悼式典が国家、地域単位で営まれた。一方、日本では感染者への差別が継続し、罹患者や遺族が可視化されることなく、感染について語ることすら困難な空気が漂っていた。感染者の存在はモザイクの向こうに追いやられ、亡くなった人々の姿もまた、社会の視界から見えないままであった。



 そうした沈黙が広がり始めた20年4月、私はコロナ病棟で看取りに関わっていた看護師たちへの聞き取りを始めた。隔離の先にある不可視化された死に関する記録を行うことで、数値化された死者数を実態のある存在として考えたかった。日本の隔離政策について学んでいく中で、ハンセン病療養所で看取りに携わってきた看護師の研究に出会い、それがなされたのが沖縄愛楽園であることを知った。いくつかの縁が重なり、私は園を訪れ始めた。

 22年当時は、感染防止のため面会が厳しく制限されており、私は園の入所者と直接会うことができなかった。だから、まず私にできたことは、彼らと実際に会ったことのある人に話を聞くことだった。入所中の方々のこと、すでに亡くなった方々のこと、その一人ひとりにまつわる思い出を伺い、園で確かに生きる「人」の存在に少しでも近づきたいと考えた。それから、現在は使われていない回復者のかつての居室に遺品を持ち込み、生前を知る人の語りを手がかりに、洋服や机といった、故人が大切にされていたものを一つずつ撮影していった。直接出会うことのできない回復者の姿を、その方を知っている人の記憶の中に探し求めるのは、まさに雲を掴むような作業だった。広大な愛楽園の敷地を歩きながら、療養所の中で暮らす人々の生活を思い描く日々が続いた。


沖縄愛楽園入所者提供の写真アルバムより。アルバムには療養所から向かいにのぞむ古宇利島を撮影した写真が並ぶ。日付は「らい予防法」が廃止された1996年。次のページには2000年代に同じ場所から撮影された古宇利島の写真が配置されている

沖縄愛楽園入所者提供の写真アルバムより。アルバムには療養所から向かいにのぞむ古宇利島を撮影した写真が並ぶ。日付は「らい予防法」が廃止された1996年。次のページには2000年代に同じ場所から撮影された古宇利島の写真が配置されている


 徐々に新型コロナウイルス感染症に関する行動制限が緩和されていく中で、50年ほど前に鈴木が体験したような大切な出会いが私自身にも訪れ、それらが重なっていった。園との共同企画でポートレート写真館を開いたりもした。お庭で野菜を育てること、海を眺めること、様々な行為の背後にある園での長い時間の経過を伺いながら、その中で自分で掴み取ってきた言葉に心を揺さぶられた。


戦前から続いた隔離時代から入所者は人として生きる権利、人として暮らす生活を求め続けてきた。高齢化した現在でも、多くの入所者が自分のお庭を手入れしている。2025年3月撮影 沖縄愛楽園

戦前から続いた隔離時代から入所者は人として生きる権利、人として暮らす生活を求め続けてきた。高齢化した現在でも、多くの入所者が自分のお庭を手入れしている。2025年3月撮影 沖縄愛楽園


 今年4月、私はハンセン病をテーマにした展示を京都で行った。そこでは、これまで撮影してきた30名以上のポートレートは展示せず、その代わりに、入所者が大切にしている部屋や庭の風景、彼らが日々眺めてきた景色の写真を展示した。会場はアートギャラリーではなく、喫茶店、アパレルショップ、駅の通路、お寺の関連施設など、日常の延長にある空間を選んだ。

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KG+ Special Exhibition 小原一真写真展「わかちもつ言葉と風景」で配布された新聞全6冊。写真展四会場では、それぞれの新聞が展示された。2025年4月撮影


 ハンセン病の隔離政策の廃止から、まもなく30年が経とうとしている。それでも私たち「社会」と呼ばれる側にいる人々は、日々同じ風景を見ているつもりでも、当事者たちとは異なる情景をそこに見ている。その差異に気づき、想像力によって少しでも埋めていくことができたなら、私たちの関係性は、きっと少しずつ変わっていくのではないか。回復者の方々との出会いを重ねる中で、私には見えていなかった彼らにとっての現実の風景を何度も教えられた。半世紀ほど前に鈴木幹雄が撮影した写真が、いま再び、私たちに大切な視点を投げかけてくれるように、私自身もまた、現代社会の中で見えにくくされているものを問い直すきっかけを、一つでも多く生み出せたらと願っている。

*2025年京都国際写真祭のサテライトイベントKG+で展示された小原一真の作品『わかちもつ言葉と風景』は、新聞プリントを都市空間に配置する展示として京都市内の四会場(小川珈琲堺町錦店、URBAN RESEARCH KYOTO、京都ポルタ、東本願寺しんらん交流館 )で同時開催されました。期間中に展示・無料配布されていた新聞(写真下)はこちらのウェブサイトから現在、注文(有料)することが可能です。


KG+ Special Exhibition 小原一真写真展「わかちもつ言葉と風景」で配布された新聞全6冊。写真展四会場では、それぞれの新聞が展示された。2025年4月撮影

KG+ Special Exhibition 小原一真写真展「わかちもつ言葉と風景」で配布された新聞全6冊。写真展四会場では、それぞれの新聞が展示された。2025年4月撮影
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