コラム

大江千里が語る、「僕にとって『書く』とは何か」

2021年04月10日(土)16時30分

新著『マンハッタンに陽はまた昇る 60歳から始まる青春グラフィティ』(大江の自宅にて撮影)SENRI OE

<ジャズピアニスト・大江千里がニューヨークでの暮らしをつづった3冊目のエッセイ集を上梓。歌詞と文章では、書くことにおいて何が違うのか。大江にとって「書く」ことの極意とは>

僕にとって「書く」こととは、「募る想い」に輪郭をつけること。何を考え、何を想うかを言葉と抑揚のペンでひたすら追い掛けて姿をキャッチする。

本業の歌詞は制約が多くて、いまさら半端なものは書けないとプライドが肥大して自由が利かない。だから文章を書くことは僕にとって、純粋なモチベーションの発露だ。

音楽を生業にしているので、「書く」にはまずリズムが気になる。説明的過ぎたり、グルーブのない文章がどうも苦手だ。鼻濁音の出る回数、母音と子音のバランス、話し言葉とト書きの織り成すリズムが好きだ。

人の本を読むといつもクラクラする。誰もが理解できる平易な言葉で所在なげに書く、そんな物書きになれたらと思う。いま60歳だ。とても生きているうちには無理だろう。

うまい文章を書く人に刺激を受け、その虎の威を借りてしばし進む。自分が大作家にでもなった気分で文を進める。書くことで不思議と考えがまとまって整理される。書き進めることにより薄っぺらな自分に気が付いて考えが深まる。

知らなかったアナザーサイドを垣間見る。大概の人間は役者であり、演じながら日常を生きる。光を当てた面によって全く別物のキャラになるから面白い。

最初に書く経験をしたのは中3のとき。「太平洋ひとりぼっち(著・堀江謙一)を読んで」という読書感想文だった。この時はしゃべり言葉で一気に。そしてコンクールで賞をもらった。

その後、書けなかった。高校の入試模試で「水」について文章を書けという問題に「水といえば商売である。全てのものは移ろう水のように、手のひらから溢れて行ってしまう。信用に値するものではない......」と書き、0点をもらう。これは書いて書いて描きまくるしかないと思い、ことあるごとに記すように。

音楽家としてデビューした後にも書くチャンスがあり、挑戦してその都度課題が残る。歌詞だと己を消せる。

実はシンガーソングライターとは自分を歌っているようで、自分を消すことから始まっている。こだわりを抹殺して聴く人に寄り添い書くと、歌詞の主人公が動き始めスラスラせりふをしゃべる。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story