コラム

19世紀フランスに深刻な分断を引き起こしたドレフュス事件『オフィサー・アンド・スパイ』

2022年06月02日(木)12時20分

ドレフュスの苦しみも巧みに描き出す

そこで注目したいのが、証拠となる文書の真偽の問題だ。アラン・パジェスの『ドレフュス事件 真実と伝説』には、以下のような記述がある。


「アルフレッド・ドレフュスを支持していた人々の陣営がひとつの真実を提示すると、すぐさま敵対する陣営が入念に作り上げた伝説でそれに応じた。ドレフュス事件の歴史的展開の核心には、虚偽の発明が書き込まれている」

ポランスキーもその部分にこだわっている。ドレフュスの裁判の筆跡鑑定では、スパイ行為の証拠と彼の筆跡が完全には一致しないことについて、ドレフュスが自身の筆跡を故意に模倣したという奇妙な説明がなされる。一方、追いつめられるピカールも、ユダヤ組合に買収され、ドレフュスを解放するために、エステラジーがスパイであることを示す証拠を偽造したと追及される。

前掲書にはもうひとつ、ドレフュスとピカールについて興味深い記述がある。それは、ジャーナリストとしてドレフュスを擁護したジョルジュ・クレマンソーの視点だ。彼は、多くの人々が悪魔島に送られたドレフュスの実際の境遇を知らなかったため、「彼は観念的な犠牲者であり続け」、「ピカール中佐こそがこの陰謀全体の『真の犠牲者』とみなされるべき」と考えていたという。

81qebiVejlS.jpg

『ドレフュス事件 真実と伝説』アラン・パジェス 吉田典子/高橋愛訳(法政大学出版局、2021年)

ポランスキーもまたこのふたりの図式をよく理解し、ユダヤ人に対するピカールの複雑な感情を独自の視点で掘り下げることによってふたりを結びつけ、彼が最初に望んでいたように、ドレフュスの苦しみも巧みに描き出している。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:米との貿易協定リセットは困難か、違憲判決

ワールド

トランプ米大統領、代替関税率を10%から15%に引

ビジネス

エヌビディアやソフト大手の決算、AI相場の次の試金

ワールド

焦点:「氷雪経済」の成功例追え、中国がサービス投資
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 2
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面を突き破って侵入する力の正体が明らかに
  • 3
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官が掲げる「新しいスパイの戦い方」
  • 4
    揺れるシベリア...戦費の穴埋めは国民に? ロシア中…
  • 5
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 6
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 7
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 8
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 9
    「高市トレード」に「トランプ関税」......相場が荒…
  • 10
    ウクライナ戦争が180度変えた「軍事戦略」の在り方..…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 5
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 6
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 7
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 10
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story