コラム

軍事政権のもと民主化運動に揺れる韓国をリアルに描いた『1987、ある闘いの真実』

2018年09月07日(金)19時14分

この映画の冒頭には、チョン・ドゥファン大統領の動静を伝える大韓ニュースの映像が挿入される。そこには、大統領が北朝鮮スパイの検挙者を表彰する光景が映し出され、「急激に左傾化した一部の分子が反体制派勢力とつながることで暴力により民主主義を脅かしている」という発言が紹介される。さらに、「学生運動にスパイ」という見出しがつけられた新聞記事の映像も盛り込まれている。

このニュースは、軍事政権が民主主義を目指しているかのように装いながら、民主化運動をスパイと結びつけて危機感を煽り、軍事主義を正当化し、政権の延命を図っていることを物語る。

軍事主義の秩序が揺らいでいく過程がリアルに

軍事主義は、緊迫した攻防の軸となる人物のキャラクターにも表れている。

対共の先頭に立つパク所長は、北朝鮮の生まれだが、家族を殺されて脱北者となったことがわかる。そんな彼が韓国でどのように地位を築いたのかは特に説明されないが、容易に察することができる。韓国に基盤を持たない脱北者が出世するためには軍隊しかないだろうと思えるからだ。実際、彼が仕切る集団は軍隊そのもので、部下は命令に絶対服従する。そんなパクは、対共の仕事をチェ検事が邪魔しているのを知らされ、「奴はアカなのか」と語る。

そのチェ検事は、アルコール依存症の問題児だ。これまで対共に痛い目にあわされてきた彼は、「今回も対共の連中だ。検事を完全にコケにしている。軍人野郎め」と語る。チェが対共に楯突いたことで、地検には警察や大統領府から圧力がかかり、彼は上司からも火葬の申請書類に判を押すように命じられるが、自らの首をかけて命令よりも法律を優先する。さらに、情報をリークし、対共に打撃を与えていく。

パク所長は軍事主義を象徴する存在だが、チェ検事や記者との攻防のなかで集団を維持するための位階秩序が乱れだす。パクの上司である本部長は、部下を犠牲にするトカゲの尻尾切りで事態の収束を図る。自分の直属の部下を勝手に差し出されたパクは、激怒し、上司にも反抗してしまう。パクと犠牲にされた部下の間では、命令と絶対服従の関係が崩れる。そして、パクが手段を選ばず暴走すればするほど、周囲に反発が生まれ、彼は追いつめられていく。

民主化の分岐点に光をあてるこの映画では、人々を呪縛してきた軍事主義の秩序が揺らいでいく過程がリアルに描き出されている。

《参照/引用文献》
『光州事件で読む現代韓国』真鍋祐子(平凡社、2000年)
『韓国フェミニズムの潮流』チャン・ピルファ、クォン・インスク他、西村裕美・編訳(明石書店、2006年)


『1987、ある闘いの真実』
公開: 9月8日(土)シネマート新宿ほか全国ロードショー

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米経済、26年第1四半期までに3─4%成長に回復へ

ビジネス

米民間企業、10月は週1.1万人超の雇用削減=AD

ワールド

米軍、南米に最新鋭空母を配備 ベネズエラとの緊張高

ワールド

トルコ軍用輸送機、ジョージアで墜落 乗員約20人の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【銘柄】エヌビディアとの提携発表で株価が急騰...か…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story