コラム

軍事政権のもと民主化運動に揺れる韓国をリアルに描いた『1987、ある闘いの真実』

2018年09月07日(金)19時14分

チャン・ジュナン監督『1987、ある闘いの真実』 (c)2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED

<軍事政権のもと民主化運動に揺れる韓国で、実際に起きた事件をフィクションも交えて克明に描き出されていく>

日本でも2004年に公開されて注目を集めたポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』は、80年代後半にソウル近郊の農村で起きた連続強姦殺人事件にインスパイアされた作品だった。だが、ポン監督が関心を持っていたのは、その事件だけではない。

映画の冒頭には、「軍事政権のもと民主化運動に揺れる韓国において実際に起きた未解決連続殺人事件をもとにしたフィクション」という背景説明が挿入される。そしてドラマでも、事件の捜査と民主化をめぐる社会の変化が巧みに結びつけられている。

映画の前半では、容疑者への拷問が当たり前のように行われているが、次第に記者が目を光らせるようになり、暴力を振るえなくなる。村の焼肉店のテレビから、拷問で告発された刑事のニュースが流れると、警察を非難する客と拷問で謹慎を命じられた刑事が乱闘を始める。その騒ぎに巻き込まれた主人公の刑事たちは、重要な目撃者を失ってしまう。

韓国の民主化で大きな分岐点となった1987年

韓国の民主化では、1987年が大きな分岐点になっている。筆者は『殺人の追憶』のレビューを書いたときに、真鍋祐子の『光州事件で読む現代韓国』から、1987年の出来事に言及した以下のような記述を引用した。


「ソウル大学校の学生であった朴鍾哲(パク・チョンチョル)は、指名手配中の先輩の潜伏先をききただすという目的で連行され、取調べ中、水拷問にかけられ死亡した。この事件は既存の反体制運動や市民運動の枠を超え、全国的に怒濤のような抗議闘争をよびおこしたが、その渦中、李韓烈(イ・ハンニョル)という延世大学校の学生が催涙弾に直撃され、死線をさまようというさらなるハプニングが重なり、抗議の気運はいよいよもって高潮した」

チャン・ジュナン監督の『1987、ある闘いの真実』では、民主化宣言や大統領直接選挙制に繋がるこの事件の内実が、フィクションも交えて克明に描き出されていく。

民主化運動に対する弾圧

物語は、警察に連行されたソウル大学の学生が、民主化運動に対する弾圧の拠点になっていた治安本部の対共分室で、取調べ中に死亡するところから始まる。対共の捜査を仕切るパク所長は、部下にその夜のうちに遺体を火葬するように命じる。しかし、ソウル地検公安部長のチェ検事は、火葬の申請書類に疑問を持ち、解剖して死因を解明する決定を下す。そんな発端から、警察や政府と検事や新聞記者、民主化運動の協力者たちの間で、緊迫した攻防が繰り広げられていく。

その攻防は、コラムでキム・ギドク監督の『殺されたミンジュ』を取り上げたときに触れた韓国の軍事主義や軍事化を抜きには語れない。クォン・インスクは論文「我われの生に内在する軍事主義」(『韓国フェミニズムの潮流』所収)のなかで、韓国における軍事化の過程を以下のように説明している。


「北朝鮮を極端に敵視し、この集団に対する敵愾心と恐怖心、そして戦争の可能性を繰り返し強調することによる緊張感の造成、国家防衛の神聖化、米軍駐屯に対する大衆の一般的支持、国民皆兵制、三〇余年の軍事政権支配を可能にした諸々の要因、広範に行きわたっている多様な理念と価値体系、細分化された文化等を包括しながら総体的に進行してきた一つの社会の軍事化過程」

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プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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