コラム

勝利にとり憑かれて薬に頼るロビイストが銃規制に挑む『女神の見えざる手』

2017年10月19日(木)19時00分

このとき上院議員はいかにも満足気な表情を浮かべ、エリザベスは彼の術中にはまったかのように見える。だが、薬をめぐる彼女の行動には、さらに伏線がある。この聴聞会が始まる日の朝、目覚めた彼女は、身なりを整えたあとで、これまで持ち歩いていた薬を洗面台に捨て、流してしまう。

つまり、聴聞会に臨んだ彼女はいつもの状態ではない。その行動は、術中にはまることも想定内であることを示唆するだけではない。後から振り返れば、彼女がロビイストとしての自己に評価を下そうとしていたことがわかる。その評価は、ロビイストやロビー活動そのものの問題に関わっているといえる。

ロビー活動とPRを一体化させた現代のロビイストのパイオニア

そこで思い出しておきたいのが、スーザン・トレントのノンフィクション『スーパーロビイスト ワシントンを動かす男ロバート・グレイ』のことだ。これは、現代のロビイストのパイオニアともいえる人物ロバート・グレイの評伝だが、彼とエリザベスを比較しようというわけではない。著者トレントの関心は、なぜワシントンではなにも解決されないのか、なぜ政治家は本来の目的を見失い、雰囲気や関係ばかりに関心を持つようになったのか、なぜ一般市民は政府が遠くなったと感じるのかといったことにある。

ロバート・グレイは政府で内閣秘書官を務めたあと、60年代初頭にロビイストとなり、それまではっきり分かれた仕事だったロビー活動とPRを一体化させた。本書では、その後の変化が以下のように綴られている。


「それからの二〇年間に、ロビー活動とPRのこの連携は、その精度と効果を高め、ついには米国の政治を永久に変えてしまったのである。世論の圧力が、金や個人の関心と組み合わせられることで、個々のグループと特殊利益集団からなる揺るぎない構造が出来上がった。すべてがワシントンに引き付けられ、政治権力の基盤が、有権者や政党からさらに遠ざかって、選挙で選ばれたのでもなく、規制もされていない、無責任な会社役員が劇的かつ日常的に政府に影響を与えるようになった」

見境のないグレイは、クウェートがイラクに侵略されたときには、クウェート政府の依頼で、戦争をすることについてアメリカ国民に好感情を抱かせる仕事まで引き受けた。彼の会社のPRスタッフの戦略によって、目に涙を浮かべてイラク兵の残虐行為を証言する少女が大きな注目を集める。だが後に、家族の安全のために身元を秘密にした少女の正体が、実は駐米クウェート大使の娘だったことが判明する。

ロビイストとしての自己をも否定する

この映画の主人公エリザベスは、グレイとは違い、信念を持っているが、それだけでは勝利することはできない。ロビー活動の現場では、グレイのようにならざるを得ない。彼女は、銃乱射事件の生存者を駒として使い、テレビの討論で劇的な効果を演出し、ハッキングや盗聴も厭わない。

そんなエリザベスが、これまでの活動をすべて肯定しているのであれば、慢性の不眠症に悩まされることも、勝利だけにとり憑かれて薬に頼ることもなかっただろう。薬を捨てた彼女は、単に勝利に執着するだけでなく、最終的にロビイストとしての自己をも否定し、生まれ変わるように見える。

《参照/引用文献》
『スーパーロビイスト ワシントンを動かす男ロバート・グレイ』スーザン・トレント 佐々木謙一訳(共同通信社、1994年)


『女神の見えざる手』
公開:10月20日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
(C)2016 EUROPACORP - FRANCE 2 CINEMA

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ソニー、米パラマウントに260億ドルで買収提案 ア

ビジネス

ドル/円、152円台に下落 週初から3%超の円高

ワールド

イスラエルとの貿易全面停止、トルコ ガザの人道状況

ワールド

アングル:1ドルショップに光と陰、犯罪化回避へ米で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story