コラム

ホロコーストと性を結びつけ、ドイツを揺るがす『ブルーム・オブ・イエスタディ』

2017年09月27日(水)19時00分

『ブルーム・オブ・イエスタディ』(C)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH 

<ホロコーストの加害者と犠牲者の孫である男女の恋愛が、コメディタッチで描かれながら、ドイツの戦後やナチズムの記憶について考えるヒントが埋め込まれている>

かつて『4分間のピアニスト』(06)が日本でもヒットしたドイツのクリス・クラウス監督の新作『ブルーム・オブ・イエスタディ』では、ナチズムの記憶がこれまでにないアプローチで掘り下げられる。

この映画には、立場は正反対でありながら、同じように家族の過去を通してナチズムの記憶に深くとらわれた男女が登場する。ホロコースト研究所に勤めるトトは、ナチス親衛隊の大佐だった祖父を告発した著書によって研究者として評価されている。だが、一族の罪やホロコーストに真剣に向き合うあまり、精神はいつも不安定で、すぐに感情的になりトラブルを起こしてしまう。

そんなトトは、フランスから研究所にやって来た研修生ザジの面倒を見ることになる。ユダヤ系である彼女の祖母は、ホロコーストの犠牲者だった。トトは、最初のうちはトラウマを抱える彼女の型破りなユーモアに苛立つが、やがてふたりは、ナチズムの記憶を通して接近し、惹かれ合うようになる。

ホロコーストの加害者と犠牲者の孫である男女の恋愛

この映画では、ホロコーストの加害者と犠牲者の孫である男女の恋愛が、コメディともいえるスタイルで描かれる。だが、必ずしもそんな恋愛関係が、これまでにないアプローチというわけではない。この映画には、ふたりの主人公以外にも、クラウス監督の独自の視点が反映されている。

物語は、2年もかけて"アウシュヴィッツ会議"の企画を進めてきたトトが、自制が効かないという理由でリーダーから外される場面から始まる。感情的になった彼は、代わってリーダーとなった同僚バルタザールと激しい口論を繰り広げ、ついには殴りかかる。そのとき彼らは、相手を男性器に例えて罵倒し合う。

それから、会議の成功の鍵を握るホロコーストの生還者で女優のルビンシュタインとトトとのやりとりも印象に残る。彼女が会議のスポンサーを降りてスピーチもやめると言い出したことから、トトが説得に訪れる。ところが彼女は、トトを挑発するように、収容所の悲劇ではなく自身の性体験の話をしようとする。

ナチズムとセックスが意図的に結びつけられている

つまりこの映画では、全編にわたってナチズムやホロコーストと性が意図的に結びつけられている。ふたりの主人公についても、彼らが性に対して対照的な意識を持っていることが強調されている。

こうした表現には違和感を覚える人も少なくないだろう。しかし、歴史学者ダグマー・ヘルツォーク『セックスとナチズムの記憶――20世紀ドイツにおける性の政治化』で緻密に検証されているように、戦後の西ドイツでは、ナチズムやホロコーストと性が結びつけられ、その複雑な相互関係によってナチズムの記憶が操作されてきた。この映画のアプローチと本書のテーマは無関係ではない。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ市住民に避難指示 高層ビル爆撃

ワールド

トランプ氏、「ハマスと踏み込んだ交渉」 人質全員の

ワールド

アングル:欧州の防衛技術産業、退役軍人率いるスター

ワールド

アングル:米法科大学院の志願者増加、背景にトランプ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 6
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 9
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 10
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story