ニュース速報
ワールド

アングル:欧州の防衛技術産業、退役軍人率いるスタートアップが存在感

2025年09月07日(日)08時03分

 9月4日、元ドイツ陸軍将校マット・クッパース氏は、オーストリアのスタートアップが開発した対ドローン兵器の品質を調べた際、若手の民間創業者たちが見落としていた問題点に気付いた。写真は現役時代の訓練中のクッパース氏。ドイツ国内で2024年5月撮影。同氏提供(2025年 ロイター)

Michael Kahn Supantha Mukherjee

[プラハ/ストックホルム 4日 ロイター] - 元ドイツ陸軍将校マット・クッパース氏は、オーストリアのスタートアップが開発した対ドローン兵器の品質を調べた際、若手の民間創業者たちが見落としていた問題点に気付いた。繰り返し発砲すると砲身が熱を帯びて命中精度が落ちるのだ。

クッパーズ氏は「彼らは長時間発砲を続けている間に砲身が熱を帯び、その熱が原因で照準の精度が微妙にずれる可能性があると気付いていなかった」と語った。同氏が共同創設者を務める「ディフェンス・インベスト」は、ドイツと英国の元兵士からなるベンチャー企業で、オーストリア軍とともに対ドローン兵器の技術試験を実施している。

ロシアのウクライナ侵攻に伴って欧州の防衛技術産業に対しかつてない規模の投資が流れ込む中、このように退役軍人たちが企業の役員会や研究開発にもたらす知見によって、業界の様相が一変しつつある。

ロイターの分析によると、退役軍人たちが欧州の防衛スタートアップ80社以上のうち4分の1を率いている。一方で、欧州の防衛企業大手10社の最高経営責任者(CEO)たちは軍務経験が全くない。

ロシアのウクライナ侵攻と北大西洋条約機構(NATO)の防衛費拡大を契機として、ドイツのラインメタルのような大手だけでなく、米国に大幅に遅れを取っていたスタートアップにも投資が記録的な水準まで流れ込んでいる。

NATOイノベーション基金とディールルームのデータによると、2024年のベンチャーキャピタル投資は52億ドルと、ロシアのウクライナ侵攻以前から500%超の急増となった。

<「経験のない問題は解決できず」>

退役軍人主導のスタートアップはウクライナの最前線の経験に基づき、開発に要する期間を数年間から数週間または数カ月間に短縮した。

無人地上車メーカーARXロボティクスを設立した元ドイツ軍将校のマルク・ヴィートフェルト氏は「経験したことがない問題は解けない」と語った。

NATOの防衛予算が増大している状況で、退役軍人が起業家として活躍する機会も欧州で一段と広がっている。

<戦場で実証済みの技術>

退役軍人の起業家ブームを支えるのは、ウクライナの新たな防衛市場、記録的なベンチャーキャピタル投資、製品開発を加速させる人工知能(AI)ツールの3要素だ。

元ドイツ軍ヘリ操縦士のフロリアン・ザイベル氏はドローンメーカーのクアンタム・システムズを共同創業し、時価総額10億ドル余りまで成長させた。

他にも元英陸軍兵士が立ち上げた戦闘計画ソフトウエア開発企業アロンダイト、ノルウェーの退役軍人が創業した訓練機材会社ブリンクトロールなどの企業が存在する。

元オーストラリア軍戦闘技術者フランシスコ・セラマルティンス氏が22年に設立したターミナル・オートノミーは、自爆型ドローンから巡航ミサイル開発に事業を拡大した。「退役軍人は戦場でどのような解決策が欠けているのかまず把握し、何が効果をもたらすのかよく理解している」と語った。

<スタートアップ投資の急増>

マッキンゼーの分析によると、欧州の防衛技術スタートアップに対する投資は21―24年で18―20年に比べて500%超の飛躍的な増加を見せた。退役軍人たちが創業者やアドバイザー、投資家として中心的な役割を担っている。

退役軍人らによると、大手の防衛企業に入るよりも自ら防衛企業を立ち上げる方が簡単だという。技術革新によって参入障壁が下がり、専門的な技能を持つ人々は従業員よりもむしろ起業家になる道が開けている。

ボスニアやアフガニスタンで従軍経験のある元フィンランド軍兵士でダブル・タップ・インベストメントの創設者のヤンエリック・サーリネン氏は「ウクライナに防衛技術を売り込むならば、実際に戦闘経験のある兵士たちを採用する必要がある」と述べた。

ウクライナ第3強襲旅団の兵士ビクトリア・ホンチャルク氏は無人車両が書類上は良く見えても実戦で役に立たなかったため30万ユーロを無駄にしたと指摘。「軍人が創業する企業がもっとたくさん増えてほしい」と打ち明けた。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ市住民に避難指示 高層ビル爆撃

ワールド

トランプ氏、「ハマスと踏み込んだ交渉」 人質全員の

ワールド

アングル:欧州の防衛技術産業、退役軍人率いるスター

ワールド

アングル:米法科大学院の志願者増加、背景にトランプ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 6
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 9
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 10
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中