コラム

安心ばかりを求める社会は滅亡する

2020年03月13日(金)15時15分

そして、今回のコロナウイルス騒ぎである。コロナリスクを減らすために、手洗いうがいを徹底することは、普通の風邪やインフルエンザにも効くし社会的に明らかにプラスだが(昨年以前にもやっていればインフルエンザで死ぬお年寄りがどれだけ減っていたことだろう)、必要のないマスクを世界中で人々が口に当てたり、そのマスクを求めて騒動が起きたり、あるいは無関係なトイレットペーパーを買うためにエネルギーを浪費したり、ぐらいのことなら滑稽ですむ。

だが、経済活動を不必要に自粛して、経済的に停滞し、その停滞からの苦痛を回避するために政治家や中央銀行がカネをばら撒いて、ウイルス騒動が治まったときに、大きな無駄遣いに気づくなど、世界経済、世界社会を停滞させてしまうことは笑い話では済まされないし、他の医療や介護、教育など、社会インフラに使えた金を無駄な自粛による経済縮小対策としての浪費、ばら撒きにつかってしまうのは、今に始まったことではないが、あまりに愚か過ぎる。

しかし、今日、私が言っているのは、もっと深刻な問題だ。

日本人は安心が大好きだ。安全よりも安心を優先させる。皮肉をこめて言えば、原発事故以前の原発に対する不安を解消するために、事故が起きたときのシナリオ、対策などの議論を封印して、議論をする必要もないとかりそめの安心を得ることによって、安全を失った。これは政治側、行政側に責任があることは間違いがないが、政治、行政に議論をさせない雰囲気を作り上げたのは、国民、社会の側である。

危険に対する思考停止

だから私は、安心は無駄だ、安全のためにカネとエネルギーを使え、安心は無視しろ、と主張してきた。安心を得るために人々は経済的に非合理な行動をする、というのは行動経済学の理論モデルの一つの核だ。

しかし、さらに大きな問題がある。

安心を得ようとするのは無駄だが、現実には、人間社会では、人々は合理的でなく、個人よりも社会という集団になるとさらに非合理的な結論、行動に至る。これは群集社会学でも明らかだ。したがって、これは無駄だといっても現実として受け止めるしかない。

問題はその先だ。

人々が安心を得る。社会として安心な社会になる。そうするとどうなるか。

人々はリスクに対する思考を停止する。考えなくて済む、というのが人々の求めている「安心感」であり、一方、常に考えて、頭と感覚を研ぎ澄ませて、リスクが近寄ってきていないか警戒し続けるのが、動物の本能による「安全対策」である。ゴルゴ13以外は、日本人だけでなく全人類が今やこれを忘れてしまっている。動物であることを失っている。動物としての能力が喪失している。それが安心ということなのだから、仕方がない。しかし、それでは、リスクを察知できず、リスクが実現したときに対応ができず、ただパニックになる。個人でもそうなら、社会的判断、政治的意思決定の歪みがさらに拡大している現在、社会は大パニックになる。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story