コラム

「血脈」を重視する習近平が「台湾・香港」に固執する理由

2022年05月25日(水)17時16分

「家族」と「血脈」

習近平国家主席は就任後、台湾に向けて発した交流強化の呼びかけのなかで、常に「血」を意識させるターミノロジー(用語学)にこだわった。

例えば「両岸一家親」がそうだ。中台の関係は、家族のようなものである、という意味である。それは、1949年にいったんは分断されたが、もともとは一つの共同体だった、再び一緒になろう、という呼びかけである。

ほかによく使われるのが「血は水よりも濃い」だ。この言葉が一躍有名になったのが、習近平と馬英九の歴史的なシンガポール会談(2015年)だった。習近平は冒頭の挨拶で「両岸関係の66年間の発展の歴史が明らかにしているように、両岸の同胞はどれほど風雨を受けようが、どれほど長い時間の断絶を経ようが、いかなる力も我々を分けることはできない。なぜなら、我々は骨の髄までつながっている同胞兄弟であり、血は水よりも濃い家族なのである」と語っている。

血のうえに、歴史の味付けをふりかけることもある。「炎黄子孫」という言葉も常用される。中国の伝説上の皇帝・炎帝と黄帝にちなんだもので、悠久の歴史を有する中華民族の末裔という意識につながってくる。中華民族は辛亥革命後に拡散させられた人工的で実体のない空虚なものなのだが、政治化された中華民族概念の中身として「炎黄子孫」という言葉は台湾・香港問題で広く使われている。

なぜ〝居丈高〟になるのか?

特殊な結びつきを強調しながら、台湾・香港に対し、中国はなぜか居丈高になることが多い。そうした態度が、常に台湾・香港の人々の不満や離反を招いてしまう。明らかに悪循環なのだが、中国の居丈高さは、習近平時代になってますます目立つ。

特別な存在なのに、居丈高な態度を取ってしまう。中国という国家のねじれた心理を読み解くカギは、すでに指摘したように、台湾・香港問題に投影されているコンプレックスであるというのが私の見方だ。台湾・香港の問題は「国際政治学」のパワーバランス理論からは絶対に解明できない。中国政治のなかの台湾・香港問題の読みときには、社会科学だけでなく、人文科学からのアプローチが求められる。

コンプレックス、つまり劣等感というと、いまの大国になった中国からは想像がつかないが、中国の近現代史は屈辱からの脱却をめざすところからナショナリズムが生まれた。日本の場合、明治以降のナショナリズムは「欧米列強に追いつけ、追い越せ。そのためには強い国家になりたい」であったが、中国の場合、清朝末期からのナショナリズムは「欧米列強(日本を含む)に与えられた苦痛を忘れるな。そのためには強い国家になりたい」というもので、出発点が日本はフラットだったが、中国の場合はマイナスだった。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

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