コラム

消費税増税による消費低迷が長引く理由

2018年04月03日(火)14時50分

生産性上昇にもかかわらず実質賃金が低下し続けた日本経済

一般に、労働生産性の上昇を伴って成長する経済では、労働者の実質賃金もまた、その生産性上昇を反映して上昇する傾向がある。労働生産性が上昇するということは、労働者一人当たりが生み出す財貨サービスが増加するということであるから、経済全体では労働者が得る平均的な実質所得もまた増加して当然だからである。企業の立場から見ても、労働生産性が上昇して労働者一人当たりが生み出す付加価値が増大しているのであれば、企業収益を減らすことなく実質賃金を引き上げることができるはずである。

もちろん、これはあくまでも長期的あるいは趨勢的にのみ成り立つ定型的事実であって、ありとあらゆる場合に常に成り立つ理論的命題というわけではない。というのは、企業が実際に賃金を上げるのか下げるのかは、それぞれの企業が直面する労働市場環境や景気動向に大きく依存するからである。

仮に技術革新によって労働生産性が上昇していても、景気の低迷によって労働需要が減少し、労働市場に失業者が滞留しているような状況であれば、賃金は上昇するのではなくむしろ下落する可能性が高い。その場合、マクロ的には、労働者一人当たりが生産する財貨サービスが増加している中でも、需要不足によって賃金の低下にもかかわらず企業の雇用が減少し、一国全体の所得もまた減少するということになっているはずである。

以上のことを念頭に、労働生産性と賃金との間の関係が実際にどうなっているのかを確認してみよう。次の図は、厚生労働省『平成27年版労働経済の分析-労働生産性と雇用・労働問題への対応』の第2章第1節「デフレ下における賃金の伸び悩みとその要因」に掲載されていたものである。

noguti0403a.jpg

この図は、1995年から2014年までの20年間において、ユーロ圏諸国およびアメリカでは「労働者の実質賃金が労働生産性の上昇を反映して上昇する」という定型的関係が確かに成り立っているのに対して、日本ではそれが成り立っていかなったことを示している。

この図はまた、日本の労働生産性の伸びそのものは、確かにアメリカよりは劣るが、ユーロ圏諸国をむしろ凌駕していたことを示している。この1990年代後半以降とは、いわゆる「IT革命」をはじめとするさまざまな技術革新が世界経済を席巻していた時代である。日本の労働生産性がそれなりに伸びていたということは、日本だけがその技術革新の波から取り残されていたわけでは決してなかったということであろう。

にもかかわらず、日本の労働者の実質賃金は、少なくとも2010年頃までは、上昇するのではなく、むしろ傾向的に低下し続けた。それは、この時期の日本経済に生じた長期デフレ不況によって、労働市場の雇用環境が悪化し、労働者の賃金が絶えず切り下げられ続けたからである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州委、米の10%関税受け入れ報道を一蹴 現段階で

ワールド

G7、移民密輸対策で制裁検討 犯罪者標的=草案文書

ワールド

トランプ氏「ロシアのG7除外は誤り」、中国参加にも

ワールド

トランプ氏、イランに直ちに協議呼びかけ 「戦いに勝
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story