コラム

トランプで世界経済はどうなるのか

2016年11月18日(金)17時30分

結果としては1980年代レーガノミクスの再来?

 ベテランの市場関係者であればおそらく、トランプの経済政策の中心は減税と公共投資にあると認識したとき、すぐにある連想が生じたはずである。それは、1980年代のロナルド・レーガン共和党政権の経済政策、いわゆるレーガノミクスである。

 トランプノミクスとは異なり、レーガノミクスの背後にある理念そのものは、まさしく共和党伝統の「小さな政府」であり、「市場原理主義」であった。富裕層に対する所得税減税を中心とするレーガン減税は、それを体現している。レーガノミクスは他方で、「小さな政府」理念に基づいた社会保障削減などを行ったものの、政府財政支出それ自体はむしろ拡大させる結果となった。それは、保守派としての反共主義理念に基づく「強いアメリカ」を目指す立場から、軍事支出を大きく増加させたからである。当時はまだ、ソ連こそがアメリカにとっての最大の仮想敵国だったのである。

 レーガノミクスはその結果として、アメリカの政府財政収支を大きく赤字化させた。政府が大規模な減税を行う一方で、支出の方は削減ではなく拡大させたのであるから、そうなるのはまったく当然である。このレーガノミクスの帰結としてのアメリカの財政赤字拡大は、1980年代前半のアメリカ経済に、未曾有の高金利とドル高をもたらした。この高金利は、政府財政赤字の拡大によって資金不足が生じ、アメリカの資金市場が逼迫したことによる。そして、為替市場でのドル高は、このアメリカの高金利に引きつけられて、海外からの資金流入が生じたことによる。

 トランプの経済政策は、政策理念や政府支出の内容こそ異なるものの、それが実現されれば必ず政府財政赤字の拡大が生じるというマクロ経済的本質においては、再版レーガノミクスともいえる。したがって、その予想される帰結もまた、レーガノミクスと同様である。すなわち、金利上昇とドル高である。トランプの勝利ショックの翌日から一転して生じた株高、長期金利上昇、ドル高は、それらが織り込まれた結果と考えることができる。

短期的には回復加速だが政治的リスクも

 減税と公共投資を中心とするトランプノミクスが額面通りに現実化されたときに、世界経済に何が生じるかは、短期的にはきわめて明らかである。

 1980年代のレーガノミクスは、政策理念としてはきわめて反ケインズ主義的であったにもかかわらず、現実においては政府財政赤字の拡大を通じた景気刺激をもたらす「意図せざるケインズ政策」として機能し、アメリカ経済を下支えした。さらに、その結果として生じたドル高は、日本を含む世界各国にとっての大きな恩恵となった。「開放経済における拡張的財政政策は、自国通貨高を通じてその拡張効果を諸外国に拡散させる」というのは、マンデル=フレミング・モデルと呼ばれるマクロ経済学の基本理論から導き出される最重要命題の一つであるが、レーガノミクスはまさにその実証実験となったのである。

 トランプノミクスによって今後もたらされると予想されるものも、基本的にはこれと同様である。世界最大の経済規模を持つアメリカ経済が、事実上のケインズ的財政刺激策を行うとすれば、そのインパクトはきわめて大きい。それは、アメリカ経済の回復を加速させるだけでなく、欧州経済の低迷や中国経済の下降にひきずられて減速を余儀なくされてきた世界経済全体にとっても、回復に向けた大きな助けになるはずである。世界的な政策潮流という点でも、2010年のギリシャ・ショック以降、ドイツをはじめとする各国財政当局によって展開されてきた財政緊縮路線がここで完全に断ち切られることの意味は大きい。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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