コラム

フジテレビ問題の根底にある、「セクハラを訴える人間=無能」という平成の常識

2025年04月03日(木)09時53分

就活生への恐るべきアドバイス

2000年代半ばに就活をして社会に出た私は、当時の空気感をよく覚えている。街のあちこちにCDショップや書店があり、誰もが折り畳みのガラケーを持ち歩いていた時代だ。2005年の紅白歌合戦では、SMAP最大のヒット曲「世界に一つだけの花」を出場者全員が合唱していた。

そんな時代の就活現場で、女子学生が「セクハラって実際あるんですか?」と少人数の会社説明会で質問したことがあった。某大手新聞社の中年男性の記者は、こう答えた。

「セクハラというのは個人の主観によるので、あるとかないとかは一概に言えません。ただ、セクハラをされてもセクハラと思わないぐらいの人、セクハラをされてもうまくかわせるぐらいの図太さがある人じゃないと、この業界でやっていくのは難しいでしょうね」

別の場面で女性社員が回答することもあったが、答えはほぼ同じだった。むしろ、女性社員のほうが堂々と言い切っていた覚えがある。生存者バイアスだったのだろう。

今となっては炎上必至のとんでもないアドバイスだが、周囲の社員たちは当然という顔をしてウンウン頷いていた。私は一瞬えっ、と思ったものの「そうか、社会というのはそんなに厳しいところなのか」と自分の甘さを恥じ、「セクハラ(私は男性なので現実的にはパワハラ)を上手くかわしてこそ一人前」という思考回路を頭のなかに刷り込んだ。

平成時代において「社会人としての自覚を持つ」というのは、そういうことを意味していた。

変なの、と心のどこかで思っていたが、そんな学生気分の抜けない人間は企業の求める人物像から外れるため、内定が遠のいてしまう。当時の社会人には「セクハラを上手にかわしてこそ一人前であり、優秀な人間」という価値基準が厳然としてあった。逆に言えば、会社の上層部や総務部(当時は「コンプライアンス担当」などという部署も言葉もほとんど浸透していなかった)にチクるような社員は迷惑であり、社会人としての能力が欠如した使えないヤツと見做されていた。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。現在は大分県別府市在住。主な著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)、『香港少年燃ゆ』(小学館)、『一九八四+四〇 ウイグル潜行』(小学館)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

情報BOX:パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、12月1日でバランスシート縮小終了 短期流

ビジネス

FRB0.25%利下げ、2会合連続 量的引き締め1

ワールド

ロシアが原子力魚雷「ポセイドン」の実験成功 プーチ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 3
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 6
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 7
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    怒れるトランプが息の根を止めようとしている、プー…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story