コラム

DJ SODA事件の「警備体制に問題あった」は本当か?

2023年08月21日(月)12時19分

日本は「被害者叩き」に流れやすい?

ただ、あれこれ屁理屈をこねて現実から目を背けたくなる気持ちは、分からなくはない。最近よく知られるようになった「公正世界仮説」なるバイアスが強く働くのだろう。

何の落ち度もない人間が、突然不利益を受けるなんてことがあって良いはずがない。そんな恐ろしいことがあってはならない。私はそうなりたくない。そうだ、きっと被害者にも落ち度があったのだろう。そうに違いない――。

公正世界仮説を信じ込む人々は、「被害者にも落ち度があった」という考え方を非常に好む。そう考えることで彼らは精神バランスが安定するらしく、このフィルターを通さないと物事を把握できない様子である。「どっちもどっち」という粗暴な結論がネット上で多用されがちなのも、このためだろう。被害者からしたら、たまったものではないが。

被害を受けたと告発することは社会の平穏をかき乱す行為であり、どのみち「迷惑分子」に変わりはない。このように捉える人が、日本には多いのかもしれない。集団のなかで波風を立てないことが至上善とされる日本社会では、被害者叩きに容易に流れてしまう空気があるのではなかろうか。

また、男性(あるいは中高年女性も含む)から見れば、今回のような事例で被害者になる可能性は低く、むしろ加害者側に回る可能性のほうが高い。そうなると、自然と加害者の視点に立ち、加害者を正当化するよう考えてしまうのだろう。

「触ったヤツが一番悪いけど、女性や運営側ももっと自衛すべき」との声もネット上では根強い。一見、もっともらしい意見のように見えるが、これも間接的に公正世界仮説に依拠している。

「泥棒に気をつけよう」という言葉と、「泥棒に気をつけなかったお前が悪い」という言葉は、似ているようでまったく意味が異なる。前者は被害が生じる前に注意を促す言葉であるのに対し、後者は単に被害者をなじっているだけだからだ。

これは犯罪被害のニュースを見るたびに思うことなのだが、「犯罪に遭わないように気をつけないとダメだよ」という言葉は、被害に遭う前の人に向かって事前に言う言葉であって、被害に遭った後の人に投げる言葉ではない。SNS上で粗暴な言説を繰り返している人々は、この区別ができないようである。

今回の一件は、水着姿の女性が群衆に近づいた際に、胸の部分を「普通は触る(触られても仕方ない)」と捉えるか、「普通は触らない(触られるのはおかしい)」と捉えるかという問題に帰結されるのかもしれない。前者の側に立つ人々は、永遠に屁理屈をこね続けるのだろう。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア「H20」は安全保障上の懸念=中国国営

ワールド

中国、米にAI向け半導体規制の緩和要求 貿易合意の

ワールド

北朝鮮、軍事境界線付近の拡声器撤去を開始=韓国軍

ワールド

米、金地金への関税明確化へ 近く大統領令=当局者
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 2
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段の前に立つ女性が取った「驚きの行動」にSNSでは称賛の嵐
  • 3
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中印のジェネリック潰し
  • 4
    なぜ「あなたの筋トレ」は伸び悩んでいるのか?...筋…
  • 5
    伝説的バンドKISSのジーン・シモンズ...75歳の彼の意…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 7
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 8
    60代、70代でも性欲は衰えない!高齢者の性行為が長…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 7
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 8
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 9
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 10
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story