最新記事
シリーズ日本再発見

カレーと中華はなぜ「エスニック」ではないのか?...日本における「エスニック料理」への違和感

2023年11月03日(金)10時15分
四方田犬彦(比較文学者)
タイ料理

Lukas Gojda-shutterstock

<日本で「エスニック料理」が取り上げられるようになったのは1980年代のこと。このブームに関して、四方田犬彦氏が覚えた当時の違和感をいま改めて考える>

「エスニック料理を食べに行かない?」「エスニックがいい」...私たちが普段の会話で何気なく使う「エスニック料理」だが、タイ料理やヴェトナム料理は含まれてもカレーや中華はそこには含まれない。

1980年代に「エスニック料理」という言葉が流行し始めた頃に比較文学者の四方田犬彦氏が覚えた、その違和感を40年経った今、改めて考える。料理のなかの「見えない政治」を論じた新刊『サレ・エ・ぺぺ 塩と胡椒』(工作舎)より一部抜粋。※転載にあたっては算用数字への変更、および改行を増やしている。

◇ ◇ ◇

日本において「エスニック料理」なるものが話題となり、メディアがそれをファッションとして取り上げるようになったのは1980年代である。

それ以前にも東京には何軒かのインドネシア料理店をはじめ、タイ料理店とヴェトナム料理店が一軒ずつ存在していたが、それが未知の味覚として大きな注目を浴びるということはなかった。

韓国料理店はあまた存在していたが、メニューはもっぱら焼肉が中心で、ワケありの男女が夜遅く訪れる場所というイメージをもたれていた。

80年代以降、韓国料理店のイメージが刷新され、タイ料理店が急増したあたりから、しきりと「エスニック料理」という言葉が口にされるようになった。

もっともわたしはこの表現に当初から疑問を抱いていた。エスニックethnicとは英語で「人種的な」「種族的な」「民族的な」という形容詞である。その当時、アメリカのグルメガイドブックでは、それは「非白人」を意味していた。

白人が世界の文化の中心であり、徴なしの存在(ノン・マルケ)であるのに対し、それ以外の人間は「エスニック」という徴を刻印された(マルケ)存在であると見なされていた。「エスニック料理」と同じように、「エスニック・ミュージック」という表現もあった。

いったい自分が何様のつもりなのかというのが、その当時、この表現を聞いてわたしが抱いた印象であった。

フランス料理があり、中国料理があるように、「エスニック料理」なるものがあるとでもいうのだろうか。日本人は自分だけは「エスニック」ではないと信じているのだろうか。

もしそうだとすれば、それはアメリカの白人の目線を借り受けたというだけのことではないか。わたしが1970年代終わりにパリで求めた『アジア料理大全』という書物では、日本料理はヴェトナム料理やタイ料理と同じように、アジアのエスニック料理として取り上げられていた。

月見うどんは「パスタと卵のポタージュ」と、コンニャクは「塊茎を用いたパテで、野菜とともにブイヨンで煮る」と説明されていた。

油揚げは「大豆のフロマージュ、もしくはパテをフライにしたもの」であり、カンピョウは「ある種の南瓜を長紐状に乾燥させたもので、湯掻く必要あり」であった。

フランス人が何とか日本の未知の食材を理解しようとすれば、このように表現するしかないのである。

もちろん彼らはそれを充分に奇異に感じる。だがフランス人が「和食」を典型的なアジアの「エスニック料理」だと見なしていることを、日本人は忘れてはならない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイ、今年の成長率予想を2.1%に下方修正 米関税

ビジネス

中国メーカー、EU関税対応策でプラグインハイブリッ

ビジネス

不振の米小売決算、消費意欲後退を反映 米関税で

ワールド

イスラエル、シリア大統領官邸付近を攻撃 少数派保護
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中