最新記事
シリーズ日本再発見

「デジタルファースト」で岐路に立つ日本の「はんこ文化」

2019年02月01日(金)17時10分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

「デジタルファースト法案」全体の狙いは、ビジネスをデジタル化して効率を高めることだ。そこに、押印に代わるデジタル化された本人確認手段の普及が盛り込まれているのは、法案の主旨と現状を踏まえれば当然のことだと言えよう。本人確認をデジタル化すれば紙の書面は必要なくなるので、郵送などの物理的手段による「書類のたらい回し」もなくなる。

世界で普及しつつあるデジタルな本人確認手段には、「電子署名」「ID・パスワード」「フォーム入力」といった方式がある。例えば、電子政府を推進するIT先進国のエストニアでは、「国民ID(国民識別番号)」とパスワードにより、あらゆる契約や行政機関の手続きがオンラインで完結するところまで行っている。

印鑑登録制度があるのは日本と台湾、韓国だけ

FAXやガラケーがいまだに現役なことに驚く訪日外国人は多い。日本はテクノロジーの先進国であると同時に、古い技術やアナログな国民生活も色濃く残っている稀有な国だというのが世界の見方だ。「はんこ文化」も、その最たる例の一つかもしれない。

現在、印鑑登録制度を取り入れているのは、日本と、統治・併合時代に日本から導入した台湾、韓国以外にはない。ちなみに、台湾の印鑑はフルネームのオーダーメイドが普通で、量産品の三文判はないようだ。印鑑の発祥の地である中国本土では、土産物や工芸品としての印鑑は一般的だが、社会制度的には欧米と同じサイン文化だ。

韓国では、日韓併合時代から印鑑登録制度が100年余り続いたが、ハングルは画数が少なく偽造しやすいことなどから、2014年までに段階的に全廃する法案が提出された。ただし、業界団体の反対等で先延ばしになっており、まだ全廃には至っていないようだ。それでも、廃止は時間の問題と見られ、近年はサインと電子認証が普及し始めている。

東アジアの外では、印鑑が社会に根付いた例は聞かない。グローバルスタンダードのサイン文化では、重要書類に署名する際には、公証人が立ち会うことになっている。公証人は、役場や会社の法務部、銀行などに配置された第三者の公務員で、署名の場に立ち会って、確かに本人のサインであることを証明するスタンプを書類に押す。

この制度には、第三者の立ち会いを必要とする煩雑さがある反面、三文判もOKな日本の実印よりは確実な制度だと言えるかもしれない。公証人制度を横に置いても、各々で筆跡が違うサインの方が印鑑よりも偽造が難しいとされ、サインにはなくしたり忘れたりするリスクがないという利点もある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中