最新記事
シリーズ日本再発見

「デジタルファースト」で岐路に立つ日本の「はんこ文化」

2019年02月01日(金)17時10分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

サイン文化への転換は?

移民受け入れ拡大を控え、電子化以前に、ガラパゴスな印鑑文化からグローバルスタンダードなサイン文化への転換も考えなければいけないのかもしれない。印鑑登録制度を強化すればいい、あるいは、このまま「郷に入れば郷に従え」でいいという考え方もある。ともあれ、少なくとも現場では、印鑑の国際化が既に進んでいるようだ。

筆者が暮らす長野県茅野市は、人口5万5000人余り、印鑑専門店が2軒しかない一見国際化とは縁がないような地方都市だが、それでも、その1軒の主人は「全体の売上は落ちていますが、外国人のお客さんはすごく増えています」と言う。

外国人の印鑑は漢字の当て字で作るか、カタカナで作るのが一般的だ。日本人の名字は多くても漢字4文字といったところだが、外国人の場合は「欧米の方ですと文字数が多い名前が多く、限られたスペースに彫る難しさがあります。逆に東南アジアの方などにみられる極端に画数が少ない名前を彫るのも、簡単ではありません」という。

例えば、「ウィリアムズ」という名字を全て彫るのは難しい。そこで、「ウィル(Will)」などと省略するケースもある。ただ、自治体によって省略を認めたり認めなかったりと対応にバラツキがあり、注意が必要だ。このように、ただでさえ複雑であいまいな日本の印鑑制度が国際化に対応しきれていないとなれば、外国人の増加と共に住民登録手続きや民間の契約で混乱が生じる恐れもある。

ただ、「サインに馴染みのない日本人が毎回同じサインを書くのは難しいと思います」と茅野市の印鑑店主人も言うように、反対に日本人がサイン文化に馴染む難しさもあろう。

これらの点を考えれば、サイン中心にシフトするという過渡期を経ずに、「はんこ文化」を維持しつつ段階的にデジタル化を進めるというのが、今のところの流れなのではないだろうか。平井大臣の「押印が民間で直ちになくなることはない」というコメントの真意は、そんなところだと思う。

外国人観光客には大人気

最高級の印鑑の材料と言えば、象牙だ。国際社会からは、この象牙の印鑑がアフリカゾウの密漁の温床になっているという非難もある。ただ、日本は絶滅の恐れがある野生動物の国際取引を禁止する「ワシントン条約」を批准しており、現在は象牙の輸入が全面禁止されている。まだ国内に禁輸前の象牙のストックが残っているので、現時点では象牙の印鑑を作ることは可能だが、使い切れば終了。業界では、あと1年もたないのではないかとも言われている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が

ワールド

ウォルツ米大統領補佐官が辞任へ=関係筋
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中