コラム

中国第3の火薬庫、内モンゴル

2010年12月24日(金)00時25分

 砂漠の植林ボランティアの同行取材で内モンゴル自治区に行ったのは、今から18年前の1992年春だった。天安門事件から2年、今はまばゆいばかりのイルミネーションで輝く北京のメーンストリート長安街が、夜になるとほとんど真っ暗になる時代だ。北京から500キロ離れた内モンゴルは、自治区内を代表する重工業都市だった包頭市もまだ建設ラッシュが始まったところで、トヨタ・ランドクルーザーに乗り、砂のうねりを乗り越えてたどり着いた植林地点はまさに「月の砂漠」だった。砂の山脈の間に沈む真っ赤な太陽の鮮やかさを、今もはっきりと覚えている。

 92年当時の内モンゴルのGDPは421億人民元で、当時全国に30あった省・自治区・直轄市の22位でしかなかった。それが2008年になると、GDPは92年の約20倍の7761億人民元に激増。もちろん中国全体の経済規模も大きくなっているのだが、内モンゴルのそれは中国全体の成長スピードを大きく上回っており、00年から09年の成長率は9年連続全国1位で平均18・7%に達した。

 草原と馬と羊しかないはずの内モンゴルはいつ、どうやってその姿を大きく変えたのか。カシミアと羊肉、乳製品頼みだった経済を大きく成長させたのは石炭だ。省長として湖南省の経済発展で名を馳せた儲波(チュー・ポー)が01年に自治区共産党委員会書記に就任。儲は02年に全国的な電力不足が起きると、それを利用して手付かずだった自治区内の石炭資源の大規模開発に乗り出した。

 かつて「カシミアの都」と呼ばれた西部のオルドス地方は、今や「石炭の都」へと姿を変えた。今年9月には「オルドス国際サーキット」が完成し、こけら落としとして中国ツーリングカー選手権の第5戦が開催された。砂漠とラクダと羊とパオの記憶しかない身にとって、内モンゴルにサーキット場とはまさに隔世の感がある。

 だが輝かしい発展の陰には必ず暗闇があるもので、内モンゴルもその例外ではない。00年から08年にかけて、都市住民の1人当たりGDPは11・3%伸びたが、農牧民は8・7%だけだった。都市住民を漢族、農牧民をモンゴル族と言い換えれば、自治区が抱える問題の深刻さが分かるだろう。つまりは支配する漢族vs支配されるモンゴル族という民族問題である。

 内モンゴルはチベット、ウイグル問題とは違い、その外部にモンゴル人民共和国(外モンゴル)という有力な同胞を抱えている。ただ混み入ったことに、外モンゴルの人口は270万人。内モンゴルはモンゴル族だけで470万人、漢族は2000万人もいる。仮に内モンゴルが独立、外モンゴルと合併しても、外モンゴルにとっては内モンゴルへの吸収以外の何ものでもない。だから外モンゴルは内モンゴルとの合併は望んでいない。

 清朝崩壊後、ソ連、蒋介石、共産党、日本軍がそれぞれの思惑から介入し、モンゴル族同士の争いも加わって結果的にモンゴルは分断された。実は内モンゴルにもチベット、ウイグルと同様に共産党支配に対する少数民族闘争がある。他の少数民族自治区と同じように、内モンゴルでも支配的地位に就いているのは漢族だ。60〜70年代の文化大革命期には多くのモンゴル族がいわれなく処刑された。それでも彼らの当面の闘争目標が民族の人権や文化の回復にとどまっているのは、単に共産党の報復を恐れているからだけではない。単純に「独立」を掲げられない複雑な事情が内モンゴルにはある。

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(c)Southern Mongolian Human Rights Information Center

 95年に国家分裂罪とスパイ罪で逮捕後、15年間投獄されていた元「南モンゴル民主連盟」主席のハダ氏(55)が12月10日に刑期を終えた後、行方不明になっている。おそらくはハダ氏が第2のダライ・ラマになることを恐れた中国当局が軟禁を続けているのだろう。裏返せばモンゴル族の間に鬱積した不満はそれほど深刻だ、ということである。

ーー編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

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ニューズウィーク日本版編集部

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