コラム

笑いごとじゃないアキノの笑い顔

2010年08月27日(金)15時22分

 普通にしていても笑っているような顔の人間、というのはどの国にもいる。普段はいるだけで周りの空気をなごませるトクな顔なのだが、葬儀とか謝罪の場とか、深刻な表情をしないといけない状況では一転してとてもソンな顔になる。
 
 今、世界のリーダーで一番の「笑い顔」といえばフィリピンのアキノ大統領だろう。そのアキノが総スカンを食らっている。8月23日に発生し香港人の乗客8人が殺害されたバスジャック事件の記者会見で、顔に笑みを浮かべながら謝罪したと中国メディアに叩かれ、大統領のフェースブックにも中国や香港から批判的な書き込みが殺到した。

 You Tubeに残った映像を見る限り、アキノは別に中国人が殺されたのがうれしくて笑っていたわけではなさそうだ。「ほほ笑み会見」を受けた2度目の会見でも同じように笑った顔をしているから、生まれつきの「笑い顔」はどうしようもないのだろう。これを非難するのは酷というものだ。

 とはいえ中国人と香港人がアキノの顔に八つ当たりする原因は、バスへの強行突入で8人もの犠牲者を出した警察の不手際以外にもある。フィリピン警察や一般のフィリピン人が事件直後、襲撃されたバスの前で記念写真を撮っていたのだ。その様子が香港のフェニックステレビによって報じられ、燃え盛る中国人・香港人の怒りの炎にガソリンをぶちまける結果になった。

 香港に出稼ぎに来ている20万人のフィリピン人メードの身の安全が心配される事態にまで、両国関係は悪化している。アキノのほほ笑み会見は単なる思い込みだと言い訳できるが、記念写真はまぎれもない事実。警官だけでなく女子学生までもが血塗られたバスの前でカメラに笑顔を向けるのは、フィリピン人の中に中国人蔑視の感情が少なからず存在するからだ。

 ほかの東南アジア諸国の例に漏れず、フィリピン経済でも人口の1%を占めるだけの華僑が大きな存在感を占めている。フィリピン人の中国に対する悪感情は、まず自分たちのカネを牛耳られていることにあると考えて間違いあるまい。

 南シナ海・南沙諸島の領有権をめぐる中国の動きも無関係ではないだろう。南シナ海の自国の「核心的利益」と呼び始めている中国政府は最近、海南島の海軍基地を強化。領有権を主張するフィリピン政府は国際会議の場で中国に対し懸念を表明している。

 ベトナムのように歴史的に中国の「圧力」にさらされてきた東南アジアの国々では、いとも簡単に反中ナショナリズムの火が燃え上がる。今回の騒動はその火がフィリピンにも燃え移り始めた証拠のように見える。

 それはそうと、この事件で一致団結してフィリピン政府に立ち向かう香港人と中国人の姿には驚かされた。「回帰」から13年、香港の中国化は着実に進んでいるらしい。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story