コラム

ボリウッド版ヒトラー映画の「怖さ」

2010年06月21日(月)12時40分

 ヒトラーを描いた映画といえば、まず思い浮かぶのは04年の『ヒトラー〜最後の12日間』。73年にはアレック・ギネス主演で『アドルフ・ヒトラー/最後の10日間』という映画も撮られているが、こちらはあまり知られていない。一番有名なのはチャップリンの『独裁者』かもしれない。

 20世紀最大の著名人といっていいヒトラーの映画が少ないのは、あまりに政治的に微妙なためだろう。ネガティブに描けば偏執的独裁者というワンパターンに陥るし、ポジティブに捉えればあちこちから反発が起きる。

 その最難関なテーマにボリウッドが挑むらしい。ボリウッド映画でおなじみの男優アヌパム・ケールがヒトラーに、元ミスインドの女優ネハ・デュピアがヒトラーの愛人エーファ・ブラウンに扮する『ディアフレンド・ヒトラー』の制作発表が今月8日、ムンバイで行われた。

 なぜインド映画がヒトラーを??? ラケシュ・ランジャン・クマール監督のコメントを聞くともっと混乱する。「(映画は)ヒトラーのインドへの愛、そして彼がいかにインド独立に間接的に貢献したかがテーマだ。最後の数日間におけるアドルフ・ヒトラーの不安感、カリスマそしてパラノイアについて描きたい」

 ヒトラーのインドへの愛??? 独立運動への貢献??? 確かに第二次大戦中、インドの独立運動家チャンドラ・ボースがドイツに渡り、イギリスのために戦って捕虜になったインド兵からなる部隊をドイツ軍のために編成した。だが終始インドに無関心だったヒトラーに結局、ボースは幻滅させられた。そもそもヒトラーの「アーリア人」にインド人は含まれていなかったはずだ。

 案の定、インドに住むユダヤ人コミュニティなどから猛反発が起き、主演のケールはヒトラー役から降りることになった。撮影開始は8月の予定だが、だれがヒトラー役をやっても非難は必至。映画の完成はかなり厳しそうだ。

 BBCによればインドでは最近、ヒトラーの著書『我が闘争』の人気が若者の間で高まっているという。ヒトラーTシャツやヒトラーバッグ、ヒトラーバンダナといったグッズの売れ行きも好調らしい。06年にはムンバイで『ヒトラーズ・クロス』というカフェもオープンしている。

 今回のヒトラー映画の制作と、インドで続くヒトラーブームが同じ背景なのかどうか分からない。単なるファッションの可能性もある。

 ただ19歳の男子学生はBBCの取材に「ヒトラーのリーダーシップと規律をうらやましく思う。インドにも彼の規律が必要だ」と答えている。順調な経済成長が続き、見かけ上は安定しているインドだが、目に見えない政治へのフラストレーションがたまっているのかもしれない。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係

ワールド

シリア担当の米外交官が突然解任、クルド系武装組織巡

ビジネス

ロシア財務省、石油価格連動の積立制度復活へ 基準価
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story