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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
ボリウッド版ヒトラー映画の「怖さ」
ヒトラーを描いた映画といえば、まず思い浮かぶのは04年の『ヒトラー〜最後の12日間』。73年にはアレック・ギネス主演で『アドルフ・ヒトラー/最後の10日間』という映画も撮られているが、こちらはあまり知られていない。一番有名なのはチャップリンの『独裁者』かもしれない。
20世紀最大の著名人といっていいヒトラーの映画が少ないのは、あまりに政治的に微妙なためだろう。ネガティブに描けば偏執的独裁者というワンパターンに陥るし、ポジティブに捉えればあちこちから反発が起きる。
その最難関なテーマにボリウッドが挑むらしい。ボリウッド映画でおなじみの男優アヌパム・ケールがヒトラーに、元ミスインドの女優ネハ・デュピアがヒトラーの愛人エーファ・ブラウンに扮する『ディアフレンド・ヒトラー』の制作発表が今月8日、ムンバイで行われた。
なぜインド映画がヒトラーを??? ラケシュ・ランジャン・クマール監督のコメントを聞くともっと混乱する。「(映画は)ヒトラーのインドへの愛、そして彼がいかにインド独立に間接的に貢献したかがテーマだ。最後の数日間におけるアドルフ・ヒトラーの不安感、カリスマそしてパラノイアについて描きたい」
ヒトラーのインドへの愛??? 独立運動への貢献??? 確かに第二次大戦中、インドの独立運動家チャンドラ・ボースがドイツに渡り、イギリスのために戦って捕虜になったインド兵からなる部隊をドイツ軍のために編成した。だが終始インドに無関心だったヒトラーに結局、ボースは幻滅させられた。そもそもヒトラーの「アーリア人」にインド人は含まれていなかったはずだ。
案の定、インドに住むユダヤ人コミュニティなどから猛反発が起き、主演のケールはヒトラー役から降りることになった。撮影開始は8月の予定だが、だれがヒトラー役をやっても非難は必至。映画の完成はかなり厳しそうだ。
BBCによればインドでは最近、ヒトラーの著書『我が闘争』の人気が若者の間で高まっているという。ヒトラーTシャツやヒトラーバッグ、ヒトラーバンダナといったグッズの売れ行きも好調らしい。06年にはムンバイで『ヒトラーズ・クロス』というカフェもオープンしている。
今回のヒトラー映画の制作と、インドで続くヒトラーブームが同じ背景なのかどうか分からない。単なるファッションの可能性もある。
ただ19歳の男子学生はBBCの取材に「ヒトラーのリーダーシップと規律をうらやましく思う。インドにも彼の規律が必要だ」と答えている。順調な経済成長が続き、見かけ上は安定しているインドだが、目に見えない政治へのフラストレーションがたまっているのかもしれない。
――編集部・長岡義博
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